Sasayama’s Weblog


2008/06/20 Friday

学校ビオトープの現場

Filed under: 未分類 — 管理人 @ 12:00:53

2008/06/20(Fri)
 
日ごろ、ご縁で行き来している東京都内小学校(杉並区立第九小学校)のトイレのわきに、ビオトープについてのこの学校の先生の考え方が示されていて、その考え方に、ビオトープ・ネットワークの考え方を示されていたので、感心した。

そもそも、ドイツのビオトープの考え方が日本に入ってきたのが、せいぜい、1990年代に入ってからである。

当時は、日大の勝野武彦先生や財団法人日本生態系協会の池谷 奉文さんや、それに私あたりしか、このビオトープの考え方に興味を示す方は少なかったが、それから20年弱、こうして、学校教育の場にも、ビオトープ教育が定着しているのは、喜ばしいかぎりである。

しかし、この小学校の考え方のように、「ビオトープは、ネットワークによって成り立っている。」との考え方にたっている小学校の先生は、まだ、稀少であるようにも、見受けられる。

私がドイツのビオトープの現状をつぶさに視察したのが、1980年代であったが、なにより、ドイツの現場では、「あのビオトープとこのビオトープをつなごう」というネットワーク戦略の元に、ビオトープ計画がされていることにびっくりしたものだった。

計画の主体は、日本の土地改良区に相当する参加人組合であり、参加人組合の二人のランドスケープ専門の職員が、管内の地図上に、環境構成パーツとなりうる樹木一本一本や野生生物生息域や水路などを詳細にマッピングしていき、「次はこの森とこの棲息圏をつなげよう。」などとする戦略を立てていた。

ところで、この小学校の先生の話によると、単に、ビオトープを水辺空間にとどめずに、意図的に、乾燥地や裸地、遷移地などを作り、カナヘビなどがよってくるような生態系空間にしたい、とまでいっておられた。

確かに、日本では、「ビオトープ=水辺空間」という意識が強すぎるような感じがする。

ドイツのバイエルン州での棲息圏保護と景観の保護計画では、「人為によって本来の地味を失った湿地・乾燥地の棲息域の保護」という命題を掲げている。

もう一歩進んだ学校ビオトープでは、これからは、このような水辺空間に限らない多様な棲息域の創出という命題にも取り組んでいくことだろう。

また、この学校では、ビオトープという言葉の代わりに、「ビオランド」(杉九(すぎく)ビオランド)という言葉を使っている。
(なお、ここと同じく、ビオランドの名称を使っている学校には、香川県東かがわ市立相生小学校や東京都武蔵野市立第三小学校、神戸市立雲中小学校、名古屋市立清水小学校 などがある。そのほか、これは特定非営利活動法人だが、 新潟県東蒲原郡阿賀町中ノ沢の「お山の森の木の学校」でも、ビオランドという言葉を使っている。)

学校校庭内での「花の庭・野菜の庭・チョウの庭・鳥の庭・水の庭・四季の庭」の六つのエリアを一体のビオ・トープとしてみなすという発想である。

そもそも、ビオトープとは、ギリシャ語のbiosとtoposとから由来しており、直訳すれば、「生命の場所」という意味である。

ドイツの学者トロール(Carl Troll 1899-1975)が、自然地域区分を「ゲオトープ」(GeotopまたはPhysiotop)と「ビオトープ」(Biotop)とにわけ、この両者から構成された地域を「エコトープ」(ökotop)となずけ、この「エコトープ」に人間の人為が加わり、家畜や栽培植物が加わったものを「ゾチオトープ」(Soziotop )となずけたものだ。
(自然地域区分に、上記のGeotop、Biotop以外に「人間の棲家」(Anthropotop)を加える考え方もある。公式的にいえば「Ecotop= Biotop+Pysiotop+Anthropotop」となる。)
(参考”Landschaftsma遵me:Konzepte und Arten von Landschaftsma遵me mit Anwendungen aus Landschafts醇rkologie und Stadtgeographie “)

だから、「ビオトープ」は、どうしても、点的な捉え方をされがちである。

その学校内のそれぞれが、そして、さらに、学校周辺の近隣住区の生息域空間までもが、ネットワークでつながった集合体を指して、ここの先生方は、ビオランドと、呼びたいのだろう。

その気持ちも、ものすごくわかるような気がする。

ごく一般的には、このビオトープの集合体を、「回廊」(corridor)という(あるいは、より広域的な場合には、環境軸(Environmental Axis)といってもいいだろう。)のだが、この先生の言われるように、ビオランドでも、いいことはいいのだろう。

もっとも、ドイツで「ビオランド」(BioLand)というと、大規模な有機農業の耕作組合(ドイツ有機栽培協会 Ökologischer Anbauverband)を指すことになる。

最後にもう一度念を押しておきたいのは、「ビオトープ教育とは、自然教育というよりは、どちらかというと、自然再生・生態系修復の手法を学ぶ教育」ということである。

言い換えれば、弱った自然の歩みにギブスをそえることを意図したものであり、それ自体が自然の歩みにとって代わるものではないということである。

この原点を間違うと、「擬似的自然の創出こそが、自然教育の成果」といった、本末転倒の考え方に陥ちいってしまうことになる。

参考
私の知人のドイツ・カールスルーエ在住の松田さんのサイトから

『ドイツの学校の庭

 

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