2004年02月23日
米消費者団体パブリック・シチズン(Public Citizen- 1971年にRalph Naderによって創設)(代表 Joan Claybrook )は2004年2月19日、米農務省のBSE検査体制が不十分だと批判する書簡をベネマン農務長官に送付した。
以下は、その書簡”Letter to Agriculture Secretary Ann Veneman concerning false or misleading government reassurances on mad cow disease” の仮訳である。
BSE安全保証対策に関する政府の過ちならびにミスリードについてのベネマン農務長官への書簡
2004年2月19日
親愛なるベネマン農務長官
近時、アメリカにおいて発生のBSEについて、国民への対応の適格性を保証する試みを行うに際して、USDAは、いくつかの誤りやミスリードをおかした発言をしている。
これが、その証拠である。
●現在のサーベイランスシステムによっては、USDAがいっているような、「百万頭の牛の中に一頭のBSE感染牛がいても、検出しうる。」ということは、出来ない。
●歩行困難な牛、いわゆるダウナー・カウを、人間の食供給から取り除いても、人間にとってのリスクを大幅に減少させることにはならない。
●公衆衛生対策で提案している、機械で肉をそぎとるAMRシステムの制限は、実際には、表示規制を変えるに過ぎないものである。
その結果、若い牛からの脊髄は、なお、牛のストックや、抽出物、調味料に含まれ続けることになる。
BSEサーベイランスについて
USDAのウェブサイトで、サーベイランスについて書かれていることにもとずくと、当局のサーベイランスシステムは、たとえ、百万頭の成牛の中で、一頭のBSE感染牛が存在していても、それを検出しうるレベルにあるとされている。
このことは、ワシントンでのアメリカ初のBSE発生以後、何度となく、当局から繰り返され続けてきた。
この主張は、USDAのウェブサイトにも書かれているように、ヨーロッパの検査データによって、反論されているとおり、誤った仮定にもとづくものである。
確かに、BSEのリスクは、ダウナーでない牛よりも、ダウナーの牛のほうが高い。
このことは、USDAのBSEサーベイランスプログラムが、特に、これまでのところ、ダウナーの牛に重点を置き、対策をしている根拠である。
しかし、USDAは、これにとどまらず、アメリカに存在するすべてのBSE感染牛が、ダウナー牛の中で発生しているものと推測してしまっている。
実際、EU委員会のデータでは、2002年には、287頭もの普通に見える牛がBSE陽性の判定を受けている。
一方、ヨーロッパにおいて、陽性判定されたダウナーでない牛についてみると、ダウナー牛の群れよりも、予測どおりに、陽性判定率は、低いものであった。
同様のことは、アメリカ国内においても、いえる。
USDAのサーベイランスについてのウェブサイトを見ると、アメリカにおいて、ダウナーでない牛の数は、ダウナーの牛の数の230倍であるとされる。
すなわち、四千五百万頭の成牛のうち、ダウナーの牛は、十九万五千頭であるとされる。
このように、もし、ダウナーでない牛の中におけるBSE感染のリスクに比して、ダウナーの牛の中におけるBSE感染のリスクが、あんまり高くない場合には、実際には、ダウナーの牛の中におけるBSEの牛の実数よりも、ダウナーでない牛の中におけるBSEの牛の実数のほうが、多いということになる。
たとえていえば、赤い色のスポーツカーに乗っているドライバーの方が、他の色の車に乗っているドライバーよりも、事故にあうリスクが大きいといっても、実際の、多くの事故は、赤い色のスポーツカーでの事故ではないのである。
以下の付表は、この点について、示したものである。
USDAの、ダウナーである牛とダウナーでない牛のデータをもとにして、われわれは、ダウナーの牛に存在する総合的なBSEリスクが、ダウナーでない牛に対して、ダウナーの牛が、何倍リスクが高いのかによって、全体のBSEリスクがどう変わるか、そのカーブを描いてみた。
たとえば、もし、ダウナーの牛がダウナーでない牛よりも、500倍リスクが高いものとした場合、ダウナーの牛のなかから、BSEの牛を、69パーセント検出できる。
したがって、この場合においては、ダウナーの牛を排除する政策は、大きなインパクトを持ちうる。
一方、もし、ダウナーの牛が、ダウナーでない牛に比して、5倍しかリスキーでないとした場合、ダウナーの牛の中から、たった、2パーセントのBSE感染牛しか、検出できないことになる。
ヨーロッパで、牛の年齢にかかわらず調査した実際の検査データでは、上記の後者の例に近い結果が出ている。
ヨーロッパでは、アメリカでダウナーと称される牛に類似した牛は、ダウナーでない牛よりも、31倍リスキーであった。
この数値をアメリカにあてはめてみると、USDAが採用している「ダウナーでない牛は、リスクがないし、それゆえ、その比率は、極大である。」という仮説とはことなり、むしろ、上記の表のなかで矢印で示しているように、ダウナーの牛の中で、たった12パーセントしか、BSE感染牛は検出されえないということになった。
そして、残った88パーセントの正常に見える牛は、現状、アメリカでは、何の検査も受けることはないのである。
この考察は、二つの重要な意味を含んでいる。
第一は、現在の検査体制では、百万頭の中の一頭のBSE感染牛をも検出できるとするUSDAの主張は誤りであり、二度と繰り返して主張されるべき言葉ではないということである。
偽りなく、百万頭の中の一頭のBSE感染牛を検出できるためには、ダウナーの牛も、ダウナーでない牛も、混ぜて検査をしなければならないであろう。
これらの数字は、恐るべきものである。
正常に見える牛について、五万頭の検査を行い、そのすべてが陰性であったというシナリオにおいて、この検査の信頼度が95パーセントのものであったとして、この検査によってわかるのは、百万頭あたり、(USDAのいう一頭ではなく)60頭以上には、BSE感染牛はいないことがわかるということである。
(訳者注−百万頭のなかにBSE感染牛が59頭までいても、検出不能という意味)
もし、この割合を、アメリカで毎年と畜される三千五百七十万頭のうち、世界で標準に検査される生後20ヶ月以上の牛 12パーセントに適用するとするならば、毎年、257頭ものBSE感染牛が、何の検査も経ずして、市場に出荷されるのである。
(訳者注- 60÷1,000,000=0.00006 0.00006×35,700,000=2,142 2,142×0.12=257)
USDAは、アメリカの市民に対して、このようなリスクがあることについて、率直に伝えるべきである。
USDAのサーベイランスプログラムが、食品供給の安全性を守ることに、直接にはなっていないということを、ここで、思い起こすことは、重要なことである。
すなわち、多くの牛がBSE検査を受けないで食品供給の中に入ってきている事実を、絶えず、実地において、見逃さないということである。
サーベイランスプログラムは、BSE感染牛が食の供給の中に入ることを防ぐというよりは、むしろ、感染拡大を監視するという役割を果たしているのである。
BSEのリスクを完全に減じるためには、すべての牛か、または、少なくとも、生後20-30ヶ月の全頭牛についての検査をする必要がある。
妥当なやり方は、BSEの蔓延をコントロールするために、「すべてのダウナーの牛」と、「ダウナーでない牛であって老齢の牛」についての検査をすることである。
このやり方は、近時、USDAの国際小委員会(Transmissible Spongiform Encephalopathies Advisory Committee)でのFDAによる提言 や、New England Journal of Medicineの社説(Donnelly CA. Bovine spongiform encephalopathy in the United States – an epidemiologist’s view.) にあるものと一致している。
第二に重要な意味を持つのは、人間の食消費のルートからダウナーの牛を取り除くことは、それがよりリスキーな動物である以上、理にかなっていることではあるが、この手法によっては、国民全体のこうむるリスクを、わずかに減少させるに過ぎない。
なぜなら、ダウナーの牛には、たった12パーセントのリスクしかないからだ。
人間の食の消費から、ダウナーの牛を取り除くメリットは、公衆衛生保護対策としては、過大評価である。
FDAによる強い飼料規制や危険部位の人間消費からの取り除きを行っても、BSE対策としては、初歩的な防衛策に終わっているのである。
これらの制度設計と、リスクコミュニケーション問題に加えて、USDAは、サーベイランス管理の弱体化に悩まされてきた。
2001年に、われわれは、アメリカ各州でのBSE検査率の実態を比較調査してみた。
おおよそ、各州同様の検査率と、当初見ていたのだが、われわれは、調査してみて、各州の最高最低の検査率に、400から2000倍の差があることを知らされた。
このことは、このサーベイランスプログラムが、混乱状態にあることを示している。
どの動物を検査するのかを決定する手続きが何もなく、このことは、今回のワシントンでのBSEのケースにおいても、それが、本当にダウナーの牛であったのかどうかについての疑念につながっている。
それにも増して、あるUSDAの検査員が証言したように、と畜会社自体が、検査する牛の脳を選んでいたという事実もある。
今回のワシントンのケースで、図らずも、アメリカのトレース能力の大きな力不足を思い知らされた。
今回発見のアメリカ初BSE感染牛と同じ群れにいた81頭のうち、たった29頭しか、いまだにトレースできていないのである。
牛の終生にわたる包括的な追跡調査体制が、一日も早く確立されるようにしなければならない。
しかし、現状では、ダウナーの牛が人間の消費ルートから取り除かれた結果、農家は、疑わしい牛については、USDAに知らせることなく、農場内に埋めてしまうことになる。
したがって、農場経営者は、自らのダウナーの牛を検査にまわした場合には、補償金が得られるシステムが必要であり、また、農場でサーベイランスシステムが行われた時、農家が検査を回避しようとした場合には、重いペナルティを課すことが必要である。
最近、イタリアにおいて、正常に見える牛が、明らかに新種のBSEに感染していたという事実が発見され、通常の検査では検査を回避できた例が発生したが、このことは、アメリカにおいても、今ヨーロッパでひろく行われているような、より敏感で、急速に検査結果の出る検査方式を承認する必要性が強調されたことになる。
肉処理
ここ数年、消費者団体は、アメリカにおける肉処理システムについて、批判を強めてきた。
すなわち、一定の慣行が、BSEの原因となっているということである。
これら団体の関心は、機械的に分離された牛肉に集中した。
筋肉の付いた骨は、押しつぶされ、押し出し機を通じて押し出され、ペーストとなる。
そして、AMRは、ベルトと骨プレスを使って、骨から肉をそぎとっていくものである。
これらの両方とも、死骸から肉片の最後まで、そぎとることを目的としたものである。
これらの処理物を使って、ハンバーガーやホットドッグを作るのが通常である。
不幸なことに、ワシントンでBSEが発生したことで、これらについての対応を余儀なくされた。
空気スタンガンは、神経組織を撒き散らすということで、消費者団体から、その使用を非難されてきた。
そして、関連業界は、それらを大量に放棄した。
また、小腸を消費することは、まったくされなくなってきたし、生後30ヶ月を超える脳や脊髄についても、同様である。
さらに、機械的に分離された牛肉についても、あらゆる年齢のものについての使用が禁止された。
これらの変更は、歓迎されるべきものであるが、しかし、それにインパクトがあるかどうかについては、過大評価してはいけない。
まず、BSEの感染行動は、実験的には、生後32ヶ月の牛の神経組織についてのものであるが、たつた30例の動物実験によるものであるという限界がある。
脊髄が伝染経路であり、AMRの脊髄による汚染は、確認されている。
2002年のUSDAの調査によれば、調査サンプルの35パーセントが汚染されていたという。
これについては、あらゆる年齢の牛について、脊柱の扱いについて、もっと簡単に取り除ける技術を使った安全策が講じられるべきである。
より基本的には、USDAは、AMRの問題を、少なくとも、生後30ヶ月以上の牛について、実際は、ラベル表示の問題として扱われているのに、それを食品の安全性の問題として、AMR問題を提起しているところに問題がある。
このように、脊髄によって汚染されたAMRが単なるブランドのミスとされることで、それは、肉と指定されて運ぶことが出来ないという意味となっている。
脊髄を「肉」としてあるいは、余りありそうもないが「脊髄」として表示されるのを妨げうる何者も、そこにはないのである。
第二に、アメリカでは、生後30ヶ月未満の牛に関していえば、なお、加工しない脳や脊髄を食べることが出来る道が残されている。
これらの製品は、ある特定の地域や民族の珍味とされているものである。
これらについても、それらが牛の伝染物のほとんど90パーセント近くであることから、人間の食経路から脳や脊髄を取り除くことを、真剣に考える必要に迫られている。
少なくとも、脳や脊髄については、これには、BSEのリスクが伴うことを明確に警告した、良くわかるラベル表示をすべきである。
BSE対策として、USDAは、農業部門に対して、促進策と、調整策との両方を課している。
この公的宣言の中では、後者の調整策よりも、前者の促進策のほうに、力点が置かれているようである。
USDAが、これまで、繰り返し、主張し、説明してきた内容とはことなり、ワシントンのBSE感染牛は、おそらく、ダウナーの牛ではなかったと、いわれている。
もし、そうであるなら、サーベイランス・システムの有効性は、より有効であると主張しうる。
サーベイランス・システムは、百万頭の牛の中から、一頭のBSE感染牛を見つけることは出来ないし、人間の食供給からダウナーの牛を取り除くことが、食供給の安全性確保には、少ししか寄与しない。
また、脊髄は、今なお、牛肉として消費されている。
もし、アメリカの牛や牛製品を輸入する、公の、または、潜在的な輸入業者から、再び信頼されるためには、これまで、USDAが発信した情報の多くの部分がそうであったような、間違った、そしてミスリードした情報にもとずくものであるよりは、正確で科学的な情報にもとずくものによるしかないであろう。 敬具
Peter Lurie, MD, MPH
Deputy Director
Sidney M. Wolfe, MD
Director
Public Citizen’s Health Research Group
参考−
上記書簡とは関係ありませんが、AMRの構造がわかる写真がありますので、以下に掲載します。http://www.wired.com/news/images/0,2334,61847-10438,00.htmlより引用
図の説明-
AMRシステムは、と畜処理後、なお死骸に付着しているいかなる肉をも、押し出すために、骨を絞るシステムです。
図左側にある油圧式圧縮室にあうように、骨は、6インチの長さにカットされます。
ここで、これらの塊は、図中央にある二つの回転シリンダーの間で、プレスされます。
一つのシリンダーは、篩(ふるい)のようなものを通して、肉を圧縮し、骨と結合組織とを、分離します。
それから、肉は、図右側にあるような、よりキメの細かいフィルターを通して、残っている骨や軟骨のすべてを取り除きます。
こうして、再生された肉は、通常、ソーセージやホットドッグ、タコスのトッピングなどの加工肉製品に添加されます。
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