Sasayama’s Weblog


2004/08/07 Saturday

「プリオン蛋白遺伝子(PRNP)のコドン129に異型遺伝子をもつ患者における輸血後の未発症vCJD」とのLancet論文の仮訳

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2004年8月7日(土) 

以下は、2004年8月7日付けでLancetに発表された記事”Preclinical vCJD after blood transfusion in a PRNP codon 129 heterozygous patient  by Alexander H Peden, Mark W Head, Diane L Ritchie, Jeanne E Bell, James W Ironside ” の仮訳である。

後にvCJDに罹患した患者から、輸血を受けた後、5年後に非神経障害で死亡した発症前vCJD患者について、われわれは、報告する。
プリオターゼ耐性蛋白(PrPres)が、ウェスタン・ブロット法と、パラフィン包埋組織切片染色法と、免疫組織化学手法とによって、患者の脾臓から、検出されたが、脳からは検出されなかった。
プリオンたんぱく質の免疫組織化学手法によれば、頚部リンパ節でも、陽性であった。
この患者は、プリオン蛋白遺伝子(PRNP)のコドン129が、異型遺伝子であった。
このことは、vCJD感染に対し感受性があるとされるプリオン蛋白遺伝子のタイブが、メチニオン同型遺伝子に限定されないことを意味する。
これらの発見は、英国におけるvCJD発生の将来予測やサーベイランスのあり方に、大きな影響を与えるものである。
2003年に、英国で、年配の患者が、vCJDと診断されたが、この患者は、献血後にvCJDに罹患した患者から、白血球除去などの処理を行わない赤血球を輸血されたことによって、感染したものと思われる。
同様の調査は、2003年12月に生存していた17人についても、報告されている。
これらの人々は、後にvCJDに罹患した献血者から、不安定な血液成分を受けていた人々である。
このグループの一人に、輸血によって感染したと思われる、未発症vCJD感染例を剖検によって発見されたことを、われわれは、報告する。
1999年に、年配の患者が、献血後18ヶ月後にvCJDの兆候を示した献血者から、1ユニットの白血球除去等の処理をしない赤血球の輸血を受けた。
この献血者は、2001年に死亡し、vCJDは、剖検で確認された。
このとき輸血を受けた人は、輸血後5年後に死亡したが、神経障害は、なかった。
剖検についての法医学上の命令が下された。
直接の死因は、腹部大動脈瘤破裂であった。
われわれは、この患者の年齢・性別・住所地などの開示については、法医学上の制約を受けている。
われわれは、凍結した脳・脊髄・背根神経節・リンパ系組織・筋肉について、プリオターゼ耐性蛋白(PrPres)の存在を、ウエスタン・ブロット法によって、リンタングステン酸性降下物と3F4モノクローナル抗体で確かめた。
広い範囲から採取した組織を、蛋白質分解酵素で処理し、これについて、免疫組織化学手法とパラフィン包埋組織切片染色法を使って、プリオンたんぱく質のさまざまな抗原決定基に抗する4つのパネル抗体についての検査がなされた。
凍結された脳の検体について、制限酵素切断片長多型DNA解析をし、患者のプリオン蛋白遺伝子のコドン129が、MV型であると確認された。
プリオン蛋白遺伝子の全部の配列解析の承認は、得られなかった。
ウエスタン・ブロット分析によって、脾臓に、プリオターゼ耐性蛋白(PrPres)の存在が、見られた。
脾臓におけるシグナルの可動性と糖化率は、発症したvCJD患者の脾臓に見られたものと似ており、また、vCJDでない人の脾臓にvCJDの脳を希釈したものに見られたものと似ていた。
そして、それは、通常、比較的に長い臨床的疾患とされる弧発型vCJDの一部で説明されたものとは異なるものであった。
われわれは、vCJDをもった患者から、剖検により得た4つの脾臓見本について、この方法を適用した結果、プリオターゼ耐性蛋白が陽性であったということが、一貫して見られた特徴であった。
しかし、CJDを持たない対象からえた、一連の9の脾臓には、プリオターゼ耐性蛋白は、なかった。(データがみられなかった。)
1337グラムの脳には、単に加齢による変化が見られただけであった。
そこには、vCJDの病理学的特徴を示す、何者もなかった。
プリオターゼ耐性蛋白は、ウェスタン・ブロット法によっても、パラフィン包埋組織切片染色法によっても、免疫組織化学手法によっても、脳からも脊髄からも、検出されなかった。
プリオターゼ耐性蛋白の免疫染色は、脾臓の中のいくつかの胚中心に見られ、そのパターンは、小胞棒状細胞の染色と一致していた。
陽性の小胞の数は、vCJDの臨床例でのものより、はるかに少なく、免疫染色の塊状蓄積は少ないものであった。
プリオンたんぱく質の免疫染色は、頚部リンパ節の中の胚中心にもみられ、これも、脾臓で見られた陽性のパターンと同様のものであった。
プリオターゼ耐性蛋白は、ウェスタン・ブロット法では、扁桃腺や他の頚部リンパ節、背根神経節、筋肉のいずれのサンプルからも、検出されなかった。
すなわち、扁桃腺や虫垂や大腸の中のリンパ濾胞には、免疫組織化学手法によっては、いずれも、検出されなかった。
これは、英国において、剖検によって発症前のvCJDが検出された始めての記録である。
われわれは、以前、vCJDの始まりから2年8ヶ月前に虫垂切除を受けた二人の患者から採取した虫垂組織の中の胚中心に、未発症のプリオン蛋白遺伝子の免疫染色を見たことがある。
今回のケースにおける脾臓と頚部リンパ節の中でのプリオン蛋白遺伝子の蓄積のパターンは、これまでの多くの匿名の遡及的研究にみる限り、外科的に取り除いた三つの虫垂に見られたものと似ており、このことは、これらの発見もまた、発症前vCJD感染をあらわしているであろうことを意味している。
われわれの発見は、また、プリオン蛋白遺伝子のコドン129の遺伝子を持つ人について、プリオターゼ耐性蛋白のウェスタン・ブロット法による検出によって、vCJD感染が確認できることをも、あらわしている。
この発見は、イギリスにおけるvCJD発症数の将来予測に対し、大きな影響を与える。
なぜならば、この遺伝子型は、イギリスの人口のもっとも多い遺伝子グループを占めているからである。
この遺伝子グループは、BSE媒介物による一次感染や、輸血による二次感染によって、曝露した後に、異なる潜伏期間を持っていたものと見られる。
なぜ、これまで、この遺伝子グループについては、vCJDの臨床例がなかったのか、その謎が、この長い潜伏期間によって説明できるだろう。
このような未発症のケースは、また、脳において伝染力がない場合であっても、献血や、リンパ組織への接触状態にある外科手術器具の汚染などによって、それ自体、医原性の感染源となってしまうことをもあらわしている。
この患者は、イギリス在住であり、したがって、BSE媒介物への食事の上での曝露があったものと見られる。
しかし、最初に報告されたケースにおいては、vCJDを持つ献血者からの、血液の第二の受け取り人において、輸血による感染がないばあいのvCJD感染の可能性は、一万五千分の一から、三万分の一にかけて以上という、きわめてありえないケースであるに違いない。
この研究において、ネガティブコントロール(陰性を示すことが、あらかじめ分かっている検体)として選ばれた9人の患者のなかで、CJDのない患者のうち、プリオターゼ耐性蛋白が検出されたものは、いなかった。
そして、以前の研究において、われわれは、その他の研究者たちも、ヒトの他の形のプリオン病をもっている56のケースと、非CJDの85のケースについてみても、リンパ系組織にプリオンたんぱく質の蓄積を検出できなかった。
この場合における脾臓や頚部リンパ節(しかし、扁桃腺や腸管関連リンパ系組織にはない)にプリオターゼ耐性蛋白が限定してあるということは、経口による曝露よりは、静脈内の曝露と、一致している。
プリオン蛋白遺伝子のコドン129遺伝子タイブが、組織の中のプリオターゼ耐性蛋白の分布に影響を及ぼしているに違いない。
今回のケースは、イギリスにおいて、vCJDのサーベイランスを続けていくことの必要性を強くするとともに、また、ヒトのプリオン病の発症と未発症のいずれの場合においても、調査と診断のため、剖検の役割を強化する必要性を強くした。−以上-
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