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笹山登生の政策提言 一覧


紅葉のイメージ 日本にミティゲーション・バンキングは可能か
 






生態系に対する開発の衝撃を和らげるために、ミティゲーションという手法が有効であることは、このホームページのいろいろな個所で述べてきた。

しかし、この概念が、誤用されると、開発の免罪符に使われる危険性についても、同時に指摘してきた。
おさらいの意味で、改めてミティゲーションとは何かと言えば、次のようなことである。

ある開発プロジェクトが貴重な生態系のある土地を対象とした場合、その開発インパクトを軽減するため、次の3つの段階を経て対応しようとするものである。

第一は、開発プロジェクトが、その生態系のある場所を避けて、実施される「回避」の段階。

第二は、どうしても、避けられない場合、プロジェクトの規模そのものを縮小することによって、開発の生態系へのインパクトを小さくするという「最小化」の段階。

第三は、この最小化も困難な場合、開発の対象となってしまう、生態系の機能を別の形で代償し、補償する「代償」の段階である。

この三段階を回避→最小化→代償の順序(Sequencingという)に従って、実行の段階を踏んでいき、生態系への開発のインパクトを最小化することを、ミティゲーションと呼んでいる。


「代償」措置を、円滑に進める手法

この概念を,第三段階の「代償」の行為に限定し、さらに、その手法を精緻化する動きが、近年、ミチゲーションの先進国、アメリカで、あらわれてきた。

ミティゲーションの第二段階の「最小化」から第三段階の「代償」に至る過程において、@代償措置がとりうる場合、A代償措置がとりえない場合、の2ケースに判断が分かれうる。

@の場合は問題ないのであるが、Aの場合、「開発か、保全か」の究極の判断を求められるケースが考えられる。

ここにおける判断基準は、「開発行為により発生する社会的価値は、自然保護に優先するか」との、価値比較である。

明らかに、自然保護が開発行為により発生する社会的価値に優先する場合は、問題ないとしても、その逆、あるいは、どうともいえないと判断される場合、事態は深刻である。

この、「どうしても、生態系を破壊することが、避けられない段階」で、はじめて、「代償措置」の手段がとられる。

ミティゲーション手法がアメリカに普及し始めた初期の頃は、この「代償」は、開発行為の行われる現場または隣接した場所において、しかも、同種の生態系機能を有するもの同士の代償措置(例えば、人工干潟や人工湿地)を講じることで、開発許可がおりていた。
いわば、初期の代償措置は、「命令し、制御する」という、上からのコントロールにより行われてきた。

しかし、この結果、幾つかの問題が生じてきた。
第一は、代償措置の結果として生じる人工湿地は、いずれも、小規模で、しかも分散してしまうこと。
とくに、ハイウェイや鉄道などの直線的開発プロジェクト(Linear Project)は、無数の断片化された代替湿地を生み出してしまうこと。

第二は、その結果として、措置後の生態系のモニターや、管理が行きとどかず、粗放になり、結果としては、生態系機能回復が失敗に終わること。

第三は、たとえ完璧にモニター管理がうまくいっても、そのためには膨大なコスト、人手がかかること。

第四は、同種の生態系を生み出しても、その地域全体の生態系と有機的につながらず、戦略的配置ができないこと。
とくに、水系の分断により、代償後の湿地の水位が確保できず、失敗に終わる例が、多いこと。

第五は、「代償措置」の機能発揮確認までの時間がかかり、開発許可が遅延することにより、総体としての社会コストが膨大なものとなること。
などの諸問題の発生である。

一方、湿地生態系を含む土地に開発を行う場合は、その許可基準にCWA(Clean Water Act)法(セクション404)や、FSA(Food Security Act)法(”Swampbuster” Provisions)などをもとに、厳しい条件が付されるている。
そのため、開発事業主体サイドから、ミティゲーションのシステムを、もっと公正で、信頼にたる、起動力のある、そして、コストのかからないシステムにしてほしいという待望論が生れてきた。

このような背景をもとに、ミティゲーションの第三段階である「代償」措置を、より円滑に進める手法として、ミティゲーション・バンクの考え方が、有力となってきた。

この考えは、ブッシュ大統領時代に問題提起され、クリントンの時代になって、1993年より具体的な形で、示され、同時にミティゲーション・バンク設立のためのガイダンスが1995年設定された。

もともと、アメリカの湿地保全についての基本的な考え方は1988年採択の「No−Net−Loss Policy」(湿地の喪失総量は、同量・同質の湿地の回復・創出によってあがなう)のコンセプトに基づくものである。

この考えを、「開発現場の同一場所、同一生態系同士の喪失と回復・創出の差し引き」でもって、達成しようとしたのが、これまでの対応であった。

これを一歩進め、広域の生態系エリアでもって、開発現場から離れたところでも、さらには、戦略的見地から、場合によっては異なった生態系同士でも、回復・創出が行われれば、広域としてのNo−Net−Lossは、達成できるのではないか、というのが、ミティゲーション・バンキングの考え方の基本にある。


バンクの設立の手順と運用の流れ

ミティゲーション・バンクは、次のような手順によって設立され、運用される。
第一に、ある程度の面積以上の生態系を有する土地をもとにして、地主・サポートするスポンサー・ミティゲーション・バンクを統合的に管理する主体(MBRT)が集まり、設立のための合意書をとりかわし、Bankの目指す最終ゴール(到達点)を明確にする。

第二に、その生態系を有する土地の持つ価値をCreditsという単位で評価し、この対象土地が何クレジットであるのかを、確定する。

第三は、ミティゲーション・バンクは、このクレジットを次の人々に売り、Bankの資金を確保する。

売る相手は、@スポンサー、A他の土地で生態系を含む土地に対し、開発行為を行おうとする開発事業主体、B投機的な顧客など、である。

第四は、前記の、他の土地で生態系を含む土地に対し、開発行為を行おうとする開発主体は、その開発によって喪失する生態系の価値を、Debitsという単位で、換算し、このDebitsと同数のCreditsを、ミティゲーション・バンクから購入することで、開発許可を得ることができる。

ここで、開発と代償との1対1の取り引きが、即時に完了する。

もちろん、このことが許されるのは、この段階に至るまでに、「回避−縮小−代償」の過程で、如何ともし難く、生態系喪失の代償の段階に至った場合に、限られる。

第五は、これらのCreditsを売り切った段階で、ミティゲーション・バンクは、自らの有する生態系の回復・創出のため、第三者機関(MBRT)の管理のもと、Creditsを引き出し、使うことができる。

また、隣接する新たな生態系の対象地の購入・拡大も可能となる。

さらに、ミティゲーション・バンクは、これら生態系の機能をモニターし、メンテナンス、管理することにつとめる。
なお、バンクの成功確認後、おおむね5年間(森林などについてはそれ以上)は、モニターが続けられる。

第六は、これらの段階を経て、対象地の生態系が持続的安定状態になった時点で、バンクは解散するか、対象地を公的機関に移行するか、新たなバンクに譲渡するか、そのまま継続させるかなどの措置を取ることができる。

第七は、バンクが、生態系の回復・創出に失敗した場合、公的なサポートなどで、全体の生態系の機能低下につながらないような措置をとる。
…、というものである。

こうしてできた、ミチゲーション・バンキングは、全米で100を超える数となっている。

このミティゲーション・バンクのシステムにもっとも、期待感を持ったのが、開発プロジェクト対象地に生態系を含んでいる開発事業主体である。
彼らの期待感が、ミティゲーション・バンクの市場メカニズムを強力に支えているとっても過言ではない。

彼らは単にミティゲーション・バンクからCreditsを買って、開発行為の許可を得るだけでなく、ことによれば、自らが生態系を有する他の土地を買い、そこに自らスポンサーとなり、ミティゲーション・バンクを設立し、Creditsを購入することによって、開発行為も果たせれば、ミティゲーション・バンクの運用メリットも享受できるという、一石二鳥の効果もあげることができる。


「メリット論」と「デメリット論」

しかし、これら開発サイドの歓迎ムードとは裏腹に、ミティゲーション・バンクの功罪を指摘する声もある。

ミティゲーション・バンキングのメリット論として次のものがあげられる。
第一は、ミティゲーション・バンキングの考え方の根底には「@生態系は小さい面積よりは大きな面積の方がよい、A生態系は孤立化しているよりは連続したり、まとまっている方がよい、B低質よりは良質の生態系の方がよい」という、いわば、「規模の経済」の論理が、背景にある。

モニタリングや、メンテナンス管理についても、大きくまとまった生態系の方が、それにかかる膨大なコストが節減され、したがって、生態系の機能は永続しうる、という考えである。

また、取り引き可能なエリアが広がることで、予期しない大きな開発インパクトに対しても、ただちに、トレードができることになる。

第二は、開発プロジェクト達成までの時間が短縮され、また、プロジェクトが完成するかどうかについての不確実性から解放される。

第三は、量の点のみでなく、質の点でも、よい結果が出るということである。
代替プランニングや、モニタリング、メンテナンスにおいても、エキスバートの確保によって、より良質のものとなりうる。

さらに、広いエリアでの生態系の戦略的配置が可能になることで、エリア全体の生態系機能を高めることができる。

特に、エリア内のかつて湿地だったところを復元のターゲットとすることで、効率的な代償がはかられるようになる。

第四は、市場価値のない生態系を持つ土地所有者にとって、ミチゲーション・バンキングは、その土地に建物を建てずとも、収益化できる、有力な手段となりうる。

第五は、ミティゲーション・バンキングは、新しい投資機会を生み出す。
現在、ミティゲーション・バンクの主体は、公的なものが大部分であるが、近年になって企業家が主体となったバンクも輩出しつつある。

これらの顧客達は、新時代の投資機会として、ミティゲーション・バンキングをとらえはじめている。

第六は、将来は一つのバンクのもとにデベロパー、企業家、軍事プロジェクト関係者、公的、準公的関係者などの異種の関係者が集まるという”アンブレラ・バンキング”の可能性も出てき、多角的なバンクの展開が可能となる。
他方、ミティゲーション・バンキングのデメリット論は、環境NGOの大手であるオーデュボン協会の指摘に代表される、次の諸点である。
第一は、一つのミティゲーション・バンクが対象とするサービス・エリアは、あまりに広いため、開発現場と、代償措置となる現場とは何百キロも離れたところとなってしまう。

さらに、都市近郊など地価の高いところでの開発行為の代償措置となるミティゲーション・バンクは、地価の安い所に設置されるため、その距離は、ますます遠くなってしまう。

これでは、元々、その生態系にアクセスできた住民のアクセス権をミティゲーション・バンクは奪ってしまうことになるのではないか。

第二は、ミティゲーション・バンキングは、「回避→最小化→代償」の順序を踏むことなく、開発プロジェクト当初から予定された安易な落着点となりかねず、「回避→最小化」の過程が通過儀礼となり、結果として、開発許可の便法や言い訳に使われてしまう恐れが多分にある。

第三は、No−Net−Lossは、国としての途中目標であって最終目標ではない。
Lossを超えて生態系を増やし、保全を果たす義務が国にあるのではないか。

第四は、ミティゲーション・バンキングが生態系の回復・創出に失敗した場合の公的責任や、代償措置が明確にされていない。

また、失敗してもCreditsを売ることができるため、ミティゲーション・バンクの社会的責任の範囲を明確にする必要があるのではないか。

さらに、失敗したバンクについての財政的支援を行う必要があるのではないか。

第五は、短期間でたやすく再生・創出が可能な生態系と、再生・創出に長期間かかる林地などの生態系とでは、バンク運用の有利性に差がでてくる。

この安手でイージーな湿地の創出は、生態系に、不自然なインパクトを与えることになりはしないか。

デベロパーは、短期・安手に再生・創出可能な生態系バンクのCreditsを買うことで、開発行為へのイクスキューズ(言い訳)を果たそうとするのではないか。

第六は、Creditsを購入し、許可された開発プロジェクトの生態系へのインパクトは、即時に発生するのに対し、代償となるミティゲーション・バンクの生態において、回復・創出の実効が上がるには、かなりの年数がかかる。

したがって、時系列的にみれば、「生態系の破壊と回復・創出」とに、タイミングのズレが生じ、一時的な生態系のロスが大量に発生することになる。

これを避けるためには、Debits(破壊される生態系の価値)と、Credits(回復・創出される生態系の価値)との取り引き交換比率を1対1でなく、もっと高い交換比率としなければならないのではないか。

また、同種の生態系間の交換比率についても、緑色のオレンジと、熟れたオレンジとの交換のようなもので、若い生態系と成熟した生態系とでは、その取り引き交換比率に差を設けなければならなくなる。

さらに、異種の生態系間の交換比率についても、リンゴとオレンジとの交換のようなもので、それら2種の有機的連鎖関係を考慮した交換比率とすべきではないのか。

第七は、氾濫原で結ばれた上流と下流、あるいは大湿地と小湿地との生態系的な連鎖関係に細心の注意を払っていくべきではないか。

一律的な対応によるミティゲーション・バンキングの運用は、とんでもない生態系の混乱を将来に残すのではないか。
…などの諸点である。


スキーム確立のため、早急な検討を

ひるがえって、日本において、ミティゲーション・バンキングの考え方は、ようやく紹介されたばかりであり、それをバックアップする法的諸制度も、整っていない、全く白紙の状態である。

そればかりでなく、原初的な「開発現場における、同種の生態系間同士の代償措置」についてすら、これから取り組もうというような、遅れた段階にある。

また、環境容量の大きいアメリカと異なり、環境容量の小さい日本においては、トレードされうるCreditsの総量も少なく、したがって、ミティゲーション・バンクが対象とするサービス・エリアは必然的に広くならざるを得ない。

さらに、「大きく良質の生態系を守るために、小さく低質の生態系が犠牲になる」という、弱肉強食的な考え方は、日本になじみにくい概念であるかもしれない。

開発プロジェクトのインパクト評価や、生態系価値評価についての統一的基準づくりも、前提となる課題ではある。

しかし、日本の環境NGOの一部には、「日本型ミティゲーション・バンク」の創設を望む声が、強くなってきている。

ミチゲーション・バンキングとエコ・ツーリズムの組み合わせによって、ツーリスト自体が、Creditsの顧客になるスキームも、考えられる。

今後、上記のミティゲーション・バンキングの功罪論を踏まえ、日本型ミティゲーション・バンキングのスキーム確立のため、早急な検討を進めていかなくてはならないであろう。


('99年 11月 12日更新)
('99年 11月 17日改訂)


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