昨日、2019年10月25日から、懸案の豚コレラワクチン接種が、接種推奨県11県の一部から始まった。
接種開始にあたり、農林水産大臣は「消費者の方々にお伝えさせていただきたいことはですね、我が国は1969年から2006年までの37年間、豚コレラワクチンを接種しておりました。その間、人に健康被害が出たという報告は一切ございません。接種した豚の肉が市場に流通することになりますが、全く心配はございませんので、消費者の皆様におかれましては、是非、美味しい豚肉を安心して御購買いただき、食べていただきたい。」と述べた。
果たしてそうなのだろうか?
ワクチン接種肉の安全性についてのEUやイギリスでのこれまでの議論
豚コレラワクチンに限らず、口蹄疫などのワクチンをも含めて、ワクチン接種肉の安全性については、EUで、長いこと議論があった。
そもそもの始まりは、日本が豚コレラワクチン接種をやめた一年前の2005年に、イギリス環境・食糧・農村地域省(DEFRA)がEFRC(The European Forum for Reciprocating Compressors)に対して行ったコンサルテーションにある。
EFRCは、EUを中心にして、そこで働くヨーロッパのユーザー、メーカー、科学者を支援する非営利団体として1999年6月に設立された組織である。
このEFRCに対して、イギリス環境・食糧・農村地域省は、2005年6月、「コンサルテーション・コール」として、次の問題提起を行った。
「口蹄疫ワクチン接種後の防疫ゾーンまたはサーベイランスゾーンにある肉は、熱処理も含めて、特別扱いにしなければならない。ワクチン接種後の肉は、骨抜き肉とし、OIEルールと一致させて、イギリスが清浄国ステータスを回復するまで、熟成させなければならない。
ワクチン接種肉から派生する肉製品についても、規制を図らなければならない。」
これらのイギリス環境・食糧・農村地域省の問題提起は、口蹄疫のワクチン接種肉についてのものだったが、他の豚コレラワクチン接種肉等についても、同じ趣旨の指摘が及ぶものであった。
また、EUの口蹄疫に関する指令である2003年9月29日発令の「Council Directive 2003/85/EC 」 との整合性をDEFRAがEFRCに問うものでもあった。
参考
「Discussion paper – EFRC response to DEFRA consultation on detailed FMD control legislation」
「Foot and Mouth Disease Control Strategy for Great Britain」
このイギリス環境・食糧・農村地域省のコンサルテーション・コールは、その後、多くの議論を呼ぶことになった。
詳細は下記の「Warmwell.com」で論議の過程を見ることができる。
参考
「Warmwell.comでの論議」(August 26 2005 ~ NFU Wales warns against vaccination in its response to the FMD consultation.)
「Warmwell.comでの論議」(October 21 2005 ~)
国によってのワクチン接種肉の安全性に対するスタンスの違い
日本においては、これまで、口蹄疫ワクチン接種肉が食用に回った例はない。
宮崎口蹄疫についてみれば、ワクチン接種後は、殺処分を優先し、ウイルスの撲滅に努めることを目的としたため、ワクチン接種肉は市場に出回っていない。
海外に目を向けると、口蹄疫ワクチン接種肉を市場に回すかどうかについては、その国々によって、判断にかなりの差がある。
南米等の口蹄疫発生常在国では、ワクチン接種動物の肉が一定の条件の下に食肉として利用されている例もある。
また、USDAのように、口蹄疫ワクチン接種肉は安全であり、消費者に回せるとして、ゆるやかな見解を持っている国もある。
参考「USDA Foot and Mouth Disease and Vaccine Use」
豚コレラワクチン接種肉についてのEFSAの検証結果
では、豚コレラワクチン接種肉については、どうだろう?
豚コレラワクチン接種肉については2009年1月30日に欧州食品安全機関(EFSA)から、詳細なサイエンティフィックレポートが提出されている。
レポートは、EFSA がEUから、豚コレラワクチン接種を受けた豚の生肉の安全性(野生型ウイルスに感染していないかどうか?) について、科学的助言を求められたことに対する報告書である。
EFSAがEUから求められた科学的助言の詳細は次のものであった。
①豚コレラ緊急ワクチンを接種した豚の生肉に野生株由来のウイルスが存在するリスクはあるのか?
②豚コレラワクチンを接種した豚の生肉から野生株由来ウイルスを検出するために必要なサンプリング方法と検査法への助言を求める。
の二項目だった。
EFSAがまず着手したのは、一定のシナリオに基づく、シミュレーションモデルの作成だった。
その理由は、これまでEUでは、豚コレラについては、ワクチン非使用戦略がとられてきたため、検証に値する量のデータが不足していたためであった。
リスクの可能性としては、次の二つが考えられた。
①出荷禁止が解除される前に、感染豚の群が、臨床診断をすりぬけるリスクはないか?
②出荷前の最終選別において、検査検体として選ばれない感染豚群がいるリスクはないか?
または、偽陰性の検査結果のために、感染群が検出されないリスクはないか?
その前提で、以下の三つのシナリオが考えられ、それに基づくシミュレーション・モデルが作成された。
①豚コレラ感染豚群を、すべて殺処分、業務停止および予防的間引きをした場合
②豚コレラ感染豚群を、すべて殺処分、業務停止およびワクチン緊急接種により迅速な感染防止をした場合
③豚コレラ感染豚群を、②と同様に処分するが、接種するワクチンは、野外株とワクチン株とが分別可能なDIVAワクチンとした場合
上記シミュレーションモデルから得られた結論は次のようなものだった。
①上記シナリオの中では、リスクを完全になくすことができるシナリオはなかった。
②ただ、出荷禁止が解除になるのは、最終の豚コレラ発生から一定期間(感染豚のウイルス血症発現期間より長い)後である。
③そのことから、ワクチン接種感染群におけるウイルス陽性発現の豚の数は、出荷禁止解除時点では、すでに、非常に少なくなっていると思われる。(つまり、時の利益を得ている。)
④さらに、使用するワクチンおよび検査システムに応じて 豚コレラ抑制対策を最適化すれば、アウトブレイク発生時のワクチン緊急接種の方が、予防的間引きや早期出荷などの従来戦略より、生肉におけるウイルス存在のリスクは低くなる。
以上を簡略化していえば、「感染豚が出荷され感染豚肉となって市場に出回ることによるリスクは、ゼロにはならないが、出荷禁止期間を長くとれば、感染豚のウイルス血症発現期間が出荷禁止解除期間より早くなることで、時の利益を稼げ、感染豚出荷のリスクはやや低くなりうる。 加えて、使用するワクチンや諸措置を最適化すれば、生肉におけるウイルス存在のリスクはさらに低くなる。」といえる。
参考
「食品安全情報 No. 4 / 2009 (2009. 02.12) 」
13ページ「3.豚コレラのワクチン接種を行ったブタの生肉の動物衛生学的安全性」
ワクチン接種肉のリスクは二種類ある
以上に見たように、豚コレラワクチン接種に伴う接種肉のリスクは、二つの面から再考する必要がありそうだ。
一つは、イギリス環境・食糧・農村地域省が提起した、口蹄疫や豚コレラなどのワクチン接種にともなう、接種肉そのもののリスク
もう一つは、EFSAがシミュレーションしたような、ワクチン接種豚の出荷に野生株感染豚が紛れて出荷するリスク。(ヒューマンエラーの誘発によるリスクとでもいえるだろう。)
である。
豚コレラ2.1d新種ウイルス vs 豚コレラGPEマイナス株生ワクチン
今回、使われる豚コレラ備蓄ワクチンは、GPEマイナス株生ワクチンであり、1969年(昭和44年)に実用化・使用開始されてから、日本における豚コレラの発生は激減することになった。
GPEマイナス株は、モルモット腎細胞培養弱毒豚コレラウイルス株であり、弱毒化のために豚の精巣細胞で142代、牛の精巣細胞で36代、モルモットの腎臓細胞で35代、たいへんな手間をかけて、継代培養(細胞の一部を新しい培地に移し、再び培養)し、作られたものである。
その後、1995年8月に豚コレラ防疫技術検討会が開催され、豚コレラ清浄化対策についてはワクチンを使用しない防疫体制を確立することが決定され、3段階にわたる豚コレラ撲滅計画のもとに、ワクチンを使用しない体制をめざしつづけ、2006年4月1日以降にワクチン接種を全面中止することとなった。
参考「食料農業農村政策審議会 消費安全分科会家畜衛生部会 議事録」(平成17年3月)
この間での日本各地での主な発生年と発生地は、1969-山梨、1971-大阪、1972-福岡、1973-静岡、1974-神奈川、1980-千葉、1981-茨城、宮崎、埼玉、1986-沖繩 などであった。(原澤亮氏による)
以上の表は「豚コレラの診断と防疫」(清水実嗣)(日本豚病研究会 会報 No.29 1996)から引用
1992年(平成4年)の熊本県球磨郡錦町での発生を最後に、その後、野外での感染は見られていなかった。
この間(1969-1992or1995年)、GPEマイナス株生ワクチンは活躍しつづけたことになり、また、ワクチン接種中止後も、備蓄ワクチンとして存在し続けることになった。
以上に見たように、1965年から1993年の、第一次豚コレラワクチン接種時代に、ワクチン接種した頭数は計282,454千頭に昇り、その間においても、84,538頭の豚コレラ発生があった。
この推移を5年ごとに見てみると下記のとおりとなる。
この数字を見ると、最後の発生が確認されるまで、ワクチン接種決定後の数十年間も、その年の発生数の大小如何に関わらず、膨大な費用と手間が、かかってきたことがよく分かる。
1965年から1993年の、第一次豚コレラワクチン接種時代のワクチン接種状況(五年毎)
1965 ~69年30,163千頭接種、61,646頭発生(以下同)
1970年~74年28,362千頭接種、8,630頭発生
1975年~79年42,036千頭接種、485頭発生
1980年~84年61,258千頭接種、9,931頭発生
1985年~89年68,878千頭接種、3,662頭発生
1990年~93年(最終年)51,757千頭接種、184頭発生
29年間の延べ数 計282,454千頭接種、84,538頭発生
一方、 その当時のGPEマイナス株生ワクチン使用時発生の豚コレラウイルスの遺伝子系統樹ウイルスをサブジェノタイプでみると、下記のとおりであった。
①ジェノタイプ1
Ibaraki/1966
など13
②ジェノタイプ2
サブジェノタイプ2.2
Fukushima/1980
Ibaraki/1981
Ibaraki/1982
サブジェノタイプ2.3
Osaka/1981
など9
③ジェノタイプ3
Kanagawa/1974
など2
その他
WB82/1982 茨城イノシシ
今回の岐阜株(Gifu/2018)のサブジェノタイプは2.1型であり、サブサブジェノタイプでは2.1dであった。
サブサブジェノタイプ2.1dは日本でははじめてであり、農研機構の解析によると、2017年に中国北京で採取の「BJ2-2017」と98.9%の高い相同性をもつものであった。
ちなみに、日本の生ワク株のGPEマイナス株はジェノタイプ1型であり、中国で使われているC(China)株ワクチンも、ジェノタイプ1型である。
過去において、豚コレラのサブジェノタイプの移転(1.3から2へ)がヨーロッパとアジアで始まり、さらに、2014年から2015年にかけ中国の山東省から出発した蔓延過程で「2.1b」から「2.1d」にサブジェノタイプが移転してきた。
今回の岐阜株が2.1d型であることも、その流れの中のものであるのかもしれない。
今回の豚コレラワクチン接種によって、どの程度の抗体陽性率 (Antibody Positive Rate )を示すのかは、各地での接種後の今後の実績を待つしかない。
言えるのは、これまで、GPEマイナス株生ワクチンは、ジェノタイプ1、ジェノタイプ2のサブジェノタイプ2.2と2.3、ジェノタイプ3に対しては有効だったということである。
今回の岐阜株の2.1dに対して実地において有効かどうかは、未知の分野である。
なお、8月に発表された農林水産省調査チームによる「豚コレラの疫学調査に係る中間取りまとめ 」においては、新種2.1d豚コレラウイルスに対する現在の備蓄ワクチンによる効果についても述べられており、ここでは
「備蓄豚コレラワクチンを豚4頭に投与し、1か月後に血清を採取した。
中和試験2によって、JPN/1/2018株に対する採取血清の抗体価を測定した。
結果は、ワクチン投与豚血清は、JPN/1/2018株に対して8~90倍の中和抗体価を示した。
一方、対照としておいたワクチン非投与豚血清には中和抗体が検出されなかった。
全てのワクチン投与豚血清がJPN/1/2018株を中和したことから、現在流行しているCSFVに対し備蓄ワクチンの効果が期待出来ると考えられた。 」
として、岐阜株に対してのGPEマイナス株生ワクチンの有効性を確認している。
ちなみに、農林水産省は、今回のGPEマイナス株生ワクチン接種による 抗体陽性率(Antibody Positive Rate)について、一定のワクチネーションプログラムのもとでは、80%以上の豚に能動的な免疫を付与することが可能であるとしている。
なお、子豚の場合は、母豚からの移行抗体価の高低によってワクチン効果が異なり、接種時の移行抗体価が32倍以下の低い場合は100%テイク、64~512倍の中位では50%、1024倍の高い場合ではワクチン効果がないとしている。
参考「豚コレラワクチンについて 」「豚コレラの診断と防疫」
いくつかの懸念
今回の日本での27年ぶりの豚コレラについては、世界から、ある視点から注目されている。
参考「Classical Swine Fever in China-An Update Minireview」
それは、中国以外から、サブサブジェノタイプ2.1d型の豚コレラが発生したということ。これに対して、日本の備蓄ワクチンが有効に働くかどうか?ということである。
その問題意識の根底には、重複感染排除現象(SIE))(Superinfection Exclusion Phenomenon)がある。
重複感染排除現象とは、既存のウイルス感染と同じまたは密接に関連するウイルスによる重複した感染を、ウイルス自体が回避する現象のことをいう。
例えば、中国においては、これまでC-Strain ワクチンによって制御されてきたはずの中国の山東省をはじめとした養豚場が、なぜ2017年になって次々と2.1d新種ウイルスによって、いともたやすく、襲われてしまったのか?
例えば、キューバにおいて、1993年以来、厳密なC-Strain ワクチン接種プログラムによって完璧な防疫体制が敷かれているにも関わらず、なぜ、いまだに、毎年数件の豚コレラ(1.2型)が発生し、ワクチン効果を無力化し、無症状型の豚コレラが風土病化しているのか?
この原因に、研究者たちは、ワクチン株やBVDV(牛ウイルス性下痢ウイルス)、BDV(ボルナ病)やPRRSV(豚繁殖・呼吸障害症候群ウイルス)などのウイルス感染により発生する重複感染排除現象が関係しているのではないのか?と疑いはじめているのである。
参考
「Chinese border disease virus strain JSLS12-01 infects piglets」
豚コレラウイルスと、これから蔓延するであろうアフリカ豚コレラウイルスとの重複感染についても、重複感染排除現象による無症状化・慢性化を懸念する研究もすでに出ている。
参考「African swine fever virus infection in Classical swine fever subclinically infected wild boars」
中国やキューバのようなワクチン常用地帯では、ウイルスの免疫応答過程で、+の自然選択圧で塩基配列E2に変異をもたらしているのでは?との知見もある。
ちなみに、自然選択圧はウイルスを一定方向へと進化させ
自然選択圧が
+ならウイルス塩基配列を変異させ
-ならワクチンを効きやすくする。
とされている。
また、ウイルス塩基配列E2ドメインAは変異しにくくB.Cは変異しやすいとされ、B.C変異は劇症性を緩和させるとしている。
BVDV(牛ウイルス性下痢ウイルス)およびBDV(ボルナ病)が、豚コレラウイルスに対するワクチンの免疫応答を強く阻害するとの知見もあり、これも重複感染排除現象によるものではないのか?との知見もあるようだ。
参考「Classical Swine Fever in China」
先にも言ったように、今回日本を襲っている岐阜株ウイルスは、中国由来のウイルスであり、2017年に北京で採取の「BJ2-2017」と98.9%の高い相同性をもつ、2.1d新種豚コレラウイルスである。
中国の研究所の解析では、この2.1dウイルスは、旧来の豚コレラウイルス株と異なり、塩基配列E2ドメインに変異(ポジションはR31, I56, K205,A331)を起こしている。
そして、この変異が、抗原性と毒性を変化させているとしている。
これにより、2.1d新種豚コレラウイルスは、劇症性が緩和されており、臨床症状を示すまでの時間が長くなるなどの特徴をもち、呈する臨床症状も、旧来型のものとは異なっており、判断に紛らわしいというウイルス特性を持つ。
このことから、ワクチン接種豚に交じって、野生株感染豚が感染肉として、市場に出荷されるリスクが、より大きくなりうる、といえる。
今回、日本で使われるGPEマイナス株生ワクチンが接種された豚肉を食べても大丈夫なのか?
農林水産省が発表している「CSF(豚コレラ)に関するQ&A」では、豚コレラワクチン接種肉の安全性について、次のように書かれている。
「Q12 CSFワクチンに含まれる添加剤が人の健康に影響を及ぼすことはありませんか?
A12 CSFワクチンに含まれている添加剤は、(1)食品又は食品から通常摂取されている成分(塩化ナトリウム、精製水、乳糖)及び(2)食品衛生法に基づく食品添加物として使用されている成分(ポリビニルピロリドン、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム)ですので、ワクチンに含まれている添加物の量であれば、人の健康に影響はありません。
Q13 CSFワクチンの成分は豚肉に残留しているのですか?
A13 CSFワクチンを接種した健康な豚は、体内でCSFに対する免疫を獲得します。人の予防接種のように免疫を獲得すると、ワクチンに含まれているCSFウイルスは体内から消失します。このため、ワクチンに含まれているCSFウイルスが豚肉に残留することはないと考えられます。なお、ワクチンの成分(Q11及び12参照)が万一残留したとしても、人の健康に影響はありません。」
ワクチンに含まれている上記添加剤のうち
①ポリビニルピロリドン(Polyvinylpyrrolidone)(PVP)(別名 ポビドン)((C6H9NO)n)
②リン酸水素二ナトリウム(sodium hydrogen phosphate)(Disodium phosphate)(DSP)(別名 リン酸二ナトリウム)(Na2HPO4)
③リン酸二水素ナトリウム()(Sodium dihydrogen phosphate)(Monosodium phosphate )(MSP)(別名 リン酸一ナトリウム)(MSP)(NaH2PO4)
について注目してみよう。
まず、発がん性については、この三者については、大丈夫のようである。
問題は、アレルゲンについてである。
「ポリビニルピロリドン」のアレルギー
特に、この内、「ポリビニルピロリドン」については、かねてから、別の食品についても、生協連などから問題にされている物質であり、
「PVP(ポリビニルピロリドン) (povidone)を含有する医薬品等の使用によるアナフィラキシーの発症について、複数の症例報告があり、プリックテストなどによって PVP が原因物質であると示唆されている。」
との指摘もあるようだ。
PVP(ポリビニルピロリドン) の含有によって、アナフィラキシー反応を示した例は多い。
参考「Learn more about Polyvinylpyrrolidone」
PVP(ポリビニルピロリドン) は、例えば、コンタクトレンズ洗浄保存液に使われていて、コンタクトレンズの使用感に潤い性(親水性) を与えるために使われている。
「動物用ワクチンに添加剤として含まれる成分の食品健康影響評価について」によると、PVP(ポリビニルピロリドン) は、「ヒドラジンの含有が1 ppm 以下のもの」についてのみ、認められている。
しかし、「PVPのアレルギー誘発性に関する症例報告」などを見ると、「PVP の摂取量に関する情報」は限られており、不安材料は多い。
「リン酸ナトリウム」のアレルギー
では、残りのDSPともMSPについてはどうだろう?
これらは一括して「リン酸ナトリウム」であるが。これについては「リン酸ナトリウム・アレルギー」(sodium phosphate allergy )と言われるものがある。
参考「Sodium phosphate Side Effects」
発疹、蕁麻疹、かゆみなどである。
通常の消費レベルでは毒性がないが、大腸内視鏡検査のため経口リン酸ナトリウムを服用すると、一部個人ではリン酸腎症の形で腎障害のリスクを負う可能性があると言われている。
米国では経口リン酸塩製剤は中止されている。
以上のことから、特に、アレルギーを抱える子供さんたちについては、豚コレラワクチン接種済の豚肉を食べることは避けたほうが良さそうだ。
「ワクチン免疫の基礎と臨床−ワクチン効果を上げるもの下げるもの−本川賢司 学校法人北里研究所 生物製剤研究所」では、生ワクチンと不活化ワクチンの持つ、それそれの利点と欠点を上げており、その中で、本川さんは、「生ワクチンは、アジュバントを使わないことに利点が有るが、逆に欠点として、保存剤としてつかわれているものにアレルゲンの懸念がある」との趣旨のことを、下記の表を示し、いみじくも述べられている。
上記表は「ワクチン免疫の基礎と臨床−ワクチン効果を上げるもの下げるもの−本川賢司 学校法人北里研究所 生物製剤研究所」 より引用
農林水産省はワクチン接種肉流通についての2019年8月9日時点の考え方を変節させたのか?
農林水産省は、当初、豚コレラワクチン接種肉の扱いについては、次のような考え方を持っていた。
2019年8月9日の「ワクチン接種の考え方について」では、次のように記載されている。
15ページでは
「ワクチンを接種した場合の防疫上の留意点」
【技術上の課題】
・ ワクチンを接種した農場においても、全ての豚が⼗分な免疫を得るとは限らず、豚コレラウイルスによる感染の可能性は残る。
・ ワクチンを接種した場合、ウイルスが農場に侵⼊し感染した場合でも、症状を⽰すものは少なく、また、感染した豚とワクチン接種をした豚を検査(抗体)で区別できない。
【懸念点】
・ 感染の発⾒が遅れてしまい、感染を拡げてしまうおそれ。
・ 感染した豚や豚⾁・⾁製品を流通させてしまい、ウイルスを他の地域に拡げ、さらに定着させてしまうおそれ。
16ページでは
【ワクチン接種時に必要な対応】
・ ワクチン接種を⾏う場合は、地域全体で接種し、接種した豚には⽿標を付け、ワクチン接種をした豚と接種していない豚が⼀緒にいないようにすることが必要。
・ 他の地域にウイルスを拡げないよう、ワクチン接種をした豚や接種豚に由来する豚⾁・⾁製品の流通経路を明らかにできるよう(トレーサビリティ)にし、地域外に出ないようにしておくことが必要。
ワクチン接種をしてもその他の地域を清浄地域とする条件
国内の⼀部の地域(A)が、他の地域(B)と豚や豚⾁・豚⾁製品の動きがきちんと分けられ、別の国との関係と同じような状況になっていることが必要。
Aの都道府県(防疫の主体)=⾮清浄地域
Bの地域=清浄地域
とすれば
・⾮清浄地域の豚や豚⾁・豚⾁製品が清浄地域に流出していないことが確認されている限り、輸出国との交渉によるが、輸出の継続が可能。
※国際獣疫事務局(OIE)のルールに則らずにワクチンを接種した場合、⽇本全体が「⾮清浄国」となる。
下記図(農林水産省作成)をご参照
19ページでは
懸念事項
②ワクチンを打った豚であっても、その豚のみならず生肉も感染源となり得る(流通関係者の協力のもとでの流通経路の確認・制限(トレーサビリティ)が必要)
以上に見るように、農林水産省は、8月9日の時点では、地域限定ワクチン接種のスキームで、OIE豚コレラ清浄国ステータス復帰を目指していたものと思われる。
地域限定ワクチン接種のスキームは、現在、ブラジル、コロンビア、エクアドル(ガラパゴスのみ)、の三国でOIEから容認されているスキームであり、これらの国々は「豚コレラ清浄地域を含む国」との概念で擬似的清浄国としての立場にある。
ブラジルの地域限定スキームについては私のブログ「豚コレラ感染拡大で、混乱するワクチン接種是非問題」に紹介されているのでご参照願いたい。
そのOIEに認められている地域限定スキームによる清浄国復帰スキームのカギとなりうるのが、
①「国内の⼀部の地域(A)(⾮清浄地域)が、他の地域(B)(清浄地域)と豚や豚⾁・豚⾁製品の動きがきちんと分けられ、別の国との関係と同じような状況になっていること」
であり
そのためには
②「A(⾮清浄地域)からB(清浄地域)に豚、豚⾁・豚⾁製品を出さない。」
ことであったはずだ。
そしてこの条件が満たされる限りは、
③「⾮清浄地域の豚や豚⾁・豚⾁製品が清浄地域に流出していないことが確認されている限り、輸出国との交渉によるが、輸出の継続が可能。」
であったはずだ。
このスキームが崩れたのは、9月27日であり、
この時点で
①接種した豚や精液、受精卵、死体、排せつ物などの移動は、原則として域内に制限
するが
②精肉や加工品については、流通制限にかかるコストや農家への影響を踏まえて対象とせず、事実上域外への流通を容認
することとなり、当初予定の地域限定ワクチン接種スキームのカギとなる要件を緩和してしまった。
つまり、この農林水産省の方針転換が何を意味するのか?といえば、それは、「部分地域清浄化を目指すことでOIEから「豚コレラ清浄地域を含む国」として認められることを、この時点で断念した」ことを意味するのではないのか?
さらに言わせてもらえれば、農林水産省はこの際、豚コレラワクチン接種肉の流通について、OIEルールを守るのか?それとも、もはや守らないのか?をはっきりすべきではないのかな?
守るのであれば、ワクチン接種地域とワクチン非接種地域との関係は、別の国との関係と同じようにすべきであり、豚⾁・豚⾁製品の動きを厳格に分けなければならない。
ダブルスタンダードは国際的に許されない。
「風評被害」という名の「風評被害」
農林水産省は、当初は、ワクチン接種豚や加工品は域内に流通制限を検討していたが、域内のみでは販路確保できず農家経営を維持できないと判断したという。
このことによって、接種していない地域の豚肉と混在して流通することで域外生産地も風評被害を受ける可能性が有ると、懸念しているようである。
11月21日の参議院農林水産委員会で、江藤農林水産大臣は、次のような発言をされた。
「(風評対策をメディア系など)用意はしてます。しかしそれを出すことによって消費者の方々がCSF(豚コレラ)のことをもう一回思い出してしまうのは逆効果ではないか?との考えもあり表に出してません」
「消費者の方々がCSF(豚コレラ)のことをもう一回思い出してしまう」から、消費者に対する説明責任を放棄する、との農林水産省の意図とも受け取られかねない発言である。
もし、そうならば、日本の農林水産省の豚肉消費者行政は「知らしむべからず、由らしむべし」のスタンスに基づいて行われているのか?
そもそも、「風評被害」という言葉の意味は、生産者側と消費者側とでは、意味が異なる。
つまり、生産者サイドが懸念する「風評被害によるリスク」と、消費者サイドが懸念する「風評被害という言葉でマスキングされるリスク」とは、異なるのである。
その後者の消費者サイドのリスクを、「知らしむべからず」のスタンスで、やり過ごす行政の態度が、上記農林水産大臣発言のような形で現れているとすれば、それは、由々しき事態であるとも言える。
「風評被害」というのは、多くの場合、消費者に対して、十分な説明責任を果たさないままに、安易に、被害者側に逃げ込んで、利得を得るための、サプライサイドでの、都合のいい逃げ言葉となっている。
消費者サイドは、「風評被害という名の風評被害」を、はからずも、受けてしまっている場合がある。
豚コレラワクチン接種で心緩めては、次なるアフリカ豚コレラ感染拡大も招きかねない。
昨日の豚コレラワクチン接種で、現地では、一安心のあまり、これまでのバイオセキュリティを緩和させたり、予算上の理由か、弱めたりするモラルハザードが早くも発生している模様だ。
これでは、これから間もなく日本にも登場するであろうアフリカ豚コレラの感染拡大は防げない。
農林水産大臣の冒頭の発言は、とらえようによっては、感染肉流通のループホールの可能性のもとにある日本の消費者が、無意識的に、ウイルス感染拡大の負の循環のルートの当事者にさらされてしまうことを容認する発言ともなりうるので、発言にはよくよく注意しなければならないフェーズに差し掛かってきているということだ。
以上
2019年10月26日 笹山 登生 記
(追記)(2019年11月12日記載)
どうして、「豚コレラ」と名付けられてきたのか? その興味深い歴史
2019年11月11日、農林水産省は、豚コレラの呼称を原則「CSF」とする、と、発表した。
理由は「「コレラのイメージが悪い」といった指摘を踏まえた措置で、豚へのワクチン接種により懸念される豚肉への風評被害を抑えるのが狙い」とのことだ。
ここで、なぜ、CSF(Classical swine fever)が「豚コレラ(英語でHog Cholera、ドイツ語で Schweinepest)」と呼ばれてきたのか?その歴史を見ることにしよう。
アメリカ・オハイオ州で豚コレラ発見
豚コレラ(CSF)は、1833年米オハイオ州で発見された。
当初、豚コレラの原因は腸チフス菌に似た細菌と考えられ、「Hog Cholera」(豚コレラ)または「Swine Fever(SF)」(豚熱)と名付けられてきた。
USDAに原因究明のため動物産業局(BAI)設置
1884年USDAは、豚コレラの原因究明と蔓延拡大を防ぐために、新たに動物産業局(BAI)(Bureau of Animal Industry)を設立した。
その動物産業局(BAI)の検査官になったのが、セオバルド・スミス(Theobald Smith)だった。
セオバルド・スミスは、上司ダニエル・サルモン
Salmon, D. E.,)(サルモネラの発見者)の研究助手として活躍していた。
セオバルド・スミスの発見
1885年、セオバルド・スミスは、ダニエル・サルモン との共著 “Investigations in Swine Plague,”
を発表した。
参考「Special report on the cause and prevention of swine plague.」
同じく、1885年、同じ動物産業局(BAI)のMoore.V.A が、豚コレラ発生地域のハトから、サルモネラ菌を抽出した。
参考「On a pathogenic bacillus of the hog–cholera group associated with a fatal disease in pigeons」(Moore.V.A(1895) USDA BAI Bulletin)
Edwin M.Ellisの「Salmonella Reservoirs in Animals and Feeds」によれば、
1889年に、セオバルド・スミスとダニエル・サルモンは、豚から細菌(bacillus )を分離し、これが豚コレラの原因菌であるとした。
哺乳類からサルモネラ菌が分離されたのはこれが初めてであり、これを「Salmonella choleraesuis」(豚コレラ菌)と名付けた。
参考「How did theobald smith discovered salmonella infection」
続いて、アメリカでも、1931年にRettgerから、1932年にPomeroyから、いずれも、七面鳥からサルモネラ菌を抽出したという報告がされた。
スミスの豚コレラ・サルモネラ菌説をUSDA BIの後輩達が否定、ウイルス説に
1903年、USDA動物産業局(BAI)(Bureau of Animal Industry)のエミル・シュバイニッツ( Emil A. de Schweinitz )と、マリオン・ドーセット(Marion Dorset)が、1833年発見の豚コレラの血清を使い、免疫試験を試みたところ、検体に免疫を獲得させることができず死亡したので、この豚コレラは、細菌ではなく、ウイルスなのではないかとの結論に達した。
参考
「Control of swine fever by immunization」(予防接種による豚コレラのコントロール:マリオン・ドーセット著)
「Healthy hogs for a healthy nation」
以降、豚コレラ(CSF)は、豚のコレラ(Hog Cholera)ではなく、豚コレラウイルス(CSFV)によるものとされた。
モンゴメリーがアフリカ豚コレラと豚コレラとの違いを究明
1910年、ケニアでアフリカ豚コレラ(ASF)が発見されたが、当時は、豚コレラ(CSF)と同じものと考えられた。
1921年モンゴメリー(R.Eustace Montgomery)が「英領東アフリカ(ケニアコロニー)で発生のSF(豚熱)の型について」(「On a form of swine fever ocurring in British East Africa (Kenya Colony)」)と題する論文で、初めて、ケニアで発見のSF( swine fever)は、オハイオ州で発見のSF( swine fever)とは異なることを指摘した。
それ以降、オハイオ州で発見のSF( swine fever)については、「古い豚コレラ」という意味を込めて「Classical」の「C」を付け、「CSF」とし、東アフリカで発見のSFについては、「Africa」の「A」を付け。「ASF」とした。
その後も、「豚コレラ」の用語は使われつづけられた
しかし、その後も、「Hog Cholera」の名称は「CSF(Classical swine fever)」の名称とともに、アメリカではいまだに使われつづけられている。
終わり