Sasayama's Watch & Analyze


2019年9月1日

トランプ大統領は、なぜ、日本へのコーン輸出にこだわったのか?

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8月25日、フランスのビアリッツでのG7の開催中、トランプ米大統領と安倍晋三首相との日米首脳会談が行われた席で、トランプ大統領は次の発言をした。

「安倍首相は米国の各地で残ったトウモロコシを購入することに同意しました。(コーンが余ったのは)中国が自分たちが買うと言っていたトウモロコシを買わなかったからです。そして安倍首相が、日本を代表して、そのトウモロコシを全量買うことにしました。これは大きな取り決めです。日本が、我々アメリカの農家から、余ったトウモロコシを買おうというのですから。」

(And one of the things that Prime Minister Abe has also agreed to is we have excess corn in various parts of our country, with our farmers, because China did not do what they said they were going to do.  And Prime Minister Abe, on behalf of Japan, they’re going to be buying all of that corn.  And that’s a very big transaction.  They’re going to be buying it from our farmers.)

(動画はホワイトハウス提供のもの)

参考「Remarks by President Trump and Prime Minister Abe of Japan After Meeting on Trade | Biarritz, France」(ホワイトハウス発表)

形通りトランプ発言をとらえれば、自らが引き起こしているアメリカと中国との貿易戦争で、中国側が拒否したトウモロコシの引き取り先が見つからず、トウモロコシ生産地帯の農民の不安をなだめるために、上記の発言をしたとも、素直にとれる。

しかし、アメリカのトウモロコシ生産地帯の農業者のトランプ大統領に対する不満は、異なるところにあった。

トウモロコシを原料にしたエタノール問題についての、農業者たちの不満が、中国貿易戦争による在庫不満よりも、はるかに大きかったのである。

しかも、それは、今回の米中貿易戦争が本格化する前から、続いてきた問題であった。

 

ここで、トウモロコシをエタノールにし、ガソリンに混入してきた過去の歴史をざっと見てみよう。

 

トウモロコシから作ったエタノールをガソリンに混入してきた歴史

 

アメリカのトウモロコシの用途別シェアは下記(2011年時点の数字)のとおりであり、ほぼ、飼料向け(34%)とエタノール向け(29%)のシェアは、拮抗している。

そして、年を追うごとに、エタノール向けのコーンの伸長が著しい。

これは、ブッシュ政権時代に始まった「ガソリンに一定割合のエタノールを混入する」政策インセンティブによるところが大きい。

そこで、下記に、ブッシュ政権時代からオバマ政権を経て、現在のトランプ政権に至るまでの、「ガソリンに一定割合のエタノールを混入する」政策の変遷を見てみる。

 

①2005年9月 ブッシュ政権時代に、エネルギー政策法法(Energy Policy Act 2005)成立。

ここにおいて「再生燃料使用基準量」(RFS)(The Renewable Fuel Standard )が設定され、ガソリンへのエタノール混入が義務付けされた。
この時点では、大気浄化法(Clean Air Act)セクション211及び、連邦規則集40 CFR 80.1441において、小規模精油所に対する義務付けは2011年まで一時的に免除の規定(Small Refinery Exemptions (SRE))があったが、実際の申請はなかった。
参考「RFS Small Refinery Exemptions

②2007年12月エタノール自立・保障法(Energy Independence and Security Act of 2007 (EISA ))が成立し、これまでの「再生燃料使用基準量」(RFS)が倍増されることになった。

③2011年1月環境保護庁(EPA)は、ガソリンへのエタノール混入比率をこれまでの10%(E-10)から15%に拡大したE-15を認めた。

④2011年オバマ政権はこれまでの10%混入(E-10)から15%混入(E-15)シフトに伴い、E-15が、夏場のスモッグの原因になるとし、E-15販売を夏季(6月1日から9月15日まで)には販売禁止(summertime ban)を決定した。
ちなみに、これまでは「E10ブレンドウォール」ルールにもとづき、通年でのメタノール混入は10%(正式には9.7%)が限度とされてきた。(石油産業界は、エタノール燃料消費割合は10%(E10)が限度であり、車両は10%を超える燃料を使用できないと主張してきた。これをブレンド・ウォールーエタノール混入限界の壁-と言ってきた。)

エタノールは、蒸気圧が高く、温度が上昇する夏場には、大気汚染の懸念があるとの環境団体の見解を取り入れたものだ。

⑤2011年と2012年に 、24 の小規模精油所がエタノール混入義務の除外を受けた。

⑥2016年時点で、オバマ政権は、14件の小規模精油所について、エタノール混入除外の申請(Small Refinery Exemptions (SRE))を受けていた。
環境保護局はそのうちの7つについて、エタノール混入義務の除外を認めた。

小規模精製所が経済的困難を示したと判断された場合、延長を許可される事ができる。

⑦2016年1月トランプがテッド・クルーズと共和党大統領候補予備選を争っているとき、トランプはアイオワ州のトウモロコシ生産者たちに、エタノール使用増加によるトウモロコシ需要の拡大を約束した。
このことで、トランプはアイオワ州のトウモロコシ生産農民から信頼を得て、テッド・クルーズに勝利した。
参考「The Trump-Cruz Brawl

⑧2017年1月20日トランプが大統領に就任。

この年には39件の小規模精油所について、エタノール混入除外の申請を受けた。

⑨2018年4月トランプ大統領は、ホワイトハウス詰めの記者団との懇談の席で、政府が、これまで夏季期間中使用禁止となっていたE15燃料(15%エタノールのガソリン混合物)を一年中販売することを許可することになると示唆した。

参考「Trump signals support for changing summer ethanol policy

バイオ燃料団体は、これを歓迎したが、製油業界では、現在の再生可能燃料基準(RFS)では、製油業者が、ガソリンへのエタノール混入か、公開市場での再生可能燃料クレジット(RIS)(Renewable Identification Number)購入(混入義務が果たせない場合は、RISの購入で義務を果たす代替にすることができる。)を義務付けていることから、今後、経営を圧迫するのではないのか?という懸念が広がった。

一方、エタノールの原料となるトウモロコシの生産地帯の農民は、このトランプの方針に全面的な賛成の意を示した。

これまでのエタノール10%混入のE-10から15%混入のE-15に変わることによって、収入が3〜5%、上昇すると見込んだ。

環境団体は夏場のスモッグ加速を懸念し、これは大気汚染防止法違反と反対を表明した。

また、自動車ユーザー団体は、エタノール混入比率上昇による自動車本体の腐食懸念を表明した。

⑩2019年3月、環境保護局は、2017年基準に基づく37件の中小製油所エタノール混入義務免除申請を受け、この内、35件について認めた。

これまで

2013年基準分16件申請、内8件認可

2014年基準分13件申請、内8件認可

2015年基準分14件申請、内7件認可

2016年基準分20件申請、内19件認可

2017年基準分37件申請、内35件認可

となっている。

参考「US EPA approves another 2017 small refinery exemption to RFS

39 REASONS THE EPA SHOULDN’T GRANT ANY ADDITIONAL SMALL        REFINERY EXEMPTIONS

申請が増えてきている背景としては、混入義務を果たす代替となるRIN(再生可能識別番号)( Renewable Identification Number)という売買可能クレジットが値上がりし、中小製油業者経営を圧迫しているものとみられている。

 

段々とひろがってくる中小製油所へのエタノール混入免除措置に対し、コーン生産地からは、反対の動きが広がってきた。

 

⑪2019年5月24日 エタノール業界グループが、米国第10巡回区控訴裁判所へ、米国環境保護局(EPA)が中小精油業者に対しガソリンへのエタノール混入義務の免除を認めていることに対し、訴訟をおこした。
参考「Biofuels Group’s Small Refinery Waivers Lawsuit Runs Into Trouble in Court of Appeals

⑫2019年5月29日 EPA(環境保護庁)は、E-15ガソリンについてのこれまでの夏季期間使用停止ルールを撤廃し、周年、E-15が使用できるための新しいルールを発表。

参考「EPA Delivers On President Trump’s Promise To Allow Year-Round Sale Of E15 Gasoline And Improve Transparency In Renewable Fuel Markets

 

⑬2019年8月8日EPAは全国の中小製油所31にガソリンへのエタノール混入義務の免除を認めた。 これに対して、コーンの生産者団体が激怒、この决定により14億ブッシェルのトウモロコシ需要を失ったとしている。

一方、中小製油所は「再生可能燃料基準プログラムが小規模精製所に困難をあたえていることをEPAが認識しはじめた」とコメント。

ここにきて、E-15の通年使用が解除されたにも関わらず、一方で、中小製油業者のエタノール混入義務が免除されたことにより、米コーン生産者の危機感が上昇。 おりしもの中国貿易戦争によるコーン在庫の増加が加わり生産者の怒りが極点に。

⑭2019年8月25日 このような環境の中で、トランプ米大統領と安倍晋三首相との日米首脳会談で、日本が中国向け余剰コーンの買い取りとトランプが発表。

米コーン生産者は一応歓迎はしたが、エタノール混入免除の中小製油所の数は今後も増えると、そのことについては依然不安視している。

参考「Renewable Fuels Program Hobbled by Small Refinery Exemptions

 

トランプ大統領が味方するのは“Big Oil” なのか? “Big Corn”なのか?

 

以上、トウモロコシをエタノールにし、ガソリンに混入してきた過去の歴史を、見てきた。

トランプ大統領が、今最も気にしているのは、次期大統領選挙再選如何にかかわりかねない、トウモロコシ生産地帯の農業者たちの投票動向である。

前回の共和党大統領候補决定戦で、アイオワ州において、トランプがテッド・クルーズに勝利したのは、ほかならぬ、トウモロコシ生産地帯に、エタノールの振興を約束したことによる。

そのアイオワ州のコーン生産者が、今度は、トランプに対して、「一体、トランプが味方しているのは“Big Oil” なのか? “Big Corn”なのか?」を問うているのである。

トランプ政権下で、これまでEPAがガソリンへのエタノール混入を免除した中小製油所数は54あるが、すでに16のエタノール工場が閉鎖や休止においこまれている。

このことで、2,500人以上の雇用に影響が出ているという。

トランプ大統領にとっての、今回の日本へのコーンの売り込みは、「迫られる中国市場からの撤退の代わりの市場としての日本」という意味では決してなく、中小製油所へのガソリンへのエタノール混入義務の免除が拡大しすぎたことへの、トウモロコシ生産地帯の農民の怒りを、三角決済する都合のいい道具として、日本が使われたということに過ぎない。

依然おさまらないアメリカのコーン生産地帯の農民の怒りを受け、トランプ大統領は、8月29日、エタノールに関連する「巨大なパッケージ」を計画と発表した。

参考「Trump promises ethanol-related ‘giant package’ to please farmers

内容は明らかでないが、E15の振興と免除精油所分エタノールの再配分とRIN( Renewable Identification Number)市場改革と見られる。

8月31日記 笹山登生