田園環境図書館
ルーラルアメニティ OECD著 吉永健治・雑賀幸哉翻訳
(家の光出版社)(2001/8)(1,800)



棚田の保存をめぐるシンポジウムの席で、アメリカのパネラーが、こんなことをいいだし、一時、会場の雰囲気が気色ばんだことがあった。

「棚田のような生産効率の悪い地域を、なぜ残しておくのですが。これでは、農薬に汚染された水が、次第に下流に行くにつれ濃縮されていくようなものではないのですか。」

一方の生産者代表のパネリストたちは、「棚田の景色だけでは飯が食えない。」とぼやくのみである。

すべての原因は、田園景観の換金回路ができていないことにある。

ヨーロッパのヒル・ファーミング政策にならい、鳴り物入りで登場した日本の中山間地域等直接支払い制度も、集落協定さえまとまれば、何とか金がはいるといった調子で、これが、果たして田園景観の換金回路になるとは、とてもおもえないしろものである。

では、先輩格のオーストリアなどの山岳地域政策がうまくいっているかといえば、2004年に差し迫った追加補償の失効の時期を控え、費用の増嵩から、いまや、見直しの岐路に立たされていると聞く。

本書でもたびたび例にあげているアルプスのアルプ・アルム農法は、「農法が景観を作り、景観が農法を必要とした。」という世界に誇る例であるが、これとても、グローバリズムにあえぐ地方経済の悪化によって、先行きがよく見えなくなってきている。

また、環境主義の進行によって、「市場主義に任せられうる、人間にとってのアメニティ」と「市場主義に任せられがたい、生態系にとってのアメニティ」とに乖離が生じてきている。

イギリスの「環境にやさしい地域」(ESA)指定に農業生産者がせんせんきょうきょうとしているのも、この二つのアメニティのミスマッチのゆえである。

これまで世界各地において試行錯誤されてきた、これらの「非使用価値を使用価値に置き換える換金回路」は、すべてうまく機能しなくなってきているのではなかろうか。

このことは、単に田園景観のみでなく、広く地球公共財すべてに伴う課題なのかもしれない。

市場主義万能のグローバル経済において、まず第一にはじき出されるのが、この「非使用価値」をもつ財なのである。

環境資産たるものは、すべてこの対象になるであろう。

ということは、この換金回路がうまく作動しないと、地球公共財を含めた環境資産の減耗につながるということだ。

ここいらで、非使用価値をもつ財の換金回路を、どう構築するかを、根本的に考え直す時期にきている。

本書は、その見直しのための基本的なスキームを再構築する上での、たたき台となりうる。

以下、冗長になるが、ルーラルアメニティの抱える問題点と対策のポイントをまとめる意味で、書評というよりは「ルーラルアメニティ・メモ」なるものを記しておく。






本書は、まず、アメニティの価値として、
1、使用価値−アメニティのある場所を訪れたり住んだりする価値 
2、選択価値-どこのアメニティを訪れるかを選択できる価値 
3、存在価値-アメニティの存在を知る価値 
4、遺贈価値-子孫にアメニティを残す価値   の4種類があるとする。

このうち、選択・存在・遺贈価値については、非使用価値-使用はしないが価値がある-をもつとする。

ルーラルアメニティは、次の5つの特性をもつ。
1、地域独特の独自性
2、いったん破壊されると再生・復元がむずかしいという非可逆性
3、人間の嗜好や時間の変化によって、必ずしもその価値が永続し得ないという不確実性
4、個人の消費によって価値も総量も減少しないという非競合性
5、他人がアメニティを享受することを排除しえないという非排他性
である

さらに、ルーラルアメニティは外部性を持つが、これには、「私的財が外部性を持つ場合」と「公共財が外部性を持つ場合」とがある。

前者の「私的財が外部性を持つ」例の一つとして、生産活動の派生効果でアメニティが発現される場合は、アメニティの発現を目的とした結合生産−景観も生産財もともに生成-に移行することがある。

後者の「公共財としてのアメニティ」を享受する場合、公共財の持つ「非排他性」の特性のゆえに、対価を払わずともアメニティを享受できるという「ただ乗り」を生じる場合がある。

また、いわゆる「コモンズの悲劇」は、公共財の持つ「非競合性」「非排他性」の特性より生じるものである。

これらのルーラルアメニティの特性なり問題を踏まえ、ルーラルアメニティの換金回路を構築するためには、アメニティの持つ外部性を、どう内部化するかが課題となる。

内部化とはね「使用はしないが、価値のあるものについて、いかに使用する価値に置き換え、対価を得られるか。また、害を及ぼす場合については、いかに使用する価値に置き換え、補償しうるか。」という意味となる。

そのためには、次の三つの方法がある。

第一は、ルーラルアメニティの価値を持つ空間について、所有権が明確な場合は、アメニティを供給するものとされるものとの間に、市場を形成する。

第二は、ルーラルアメニティの便益を供給するもの、または、されるものに対し、外部性のある部分と同じ価値の税を非供給者に課すか、または、同じ価値の補助金を供給者に交付する。

第三は、ルーラルアメニティを供給するものとされるものとを、一つの公的所有権の元に包摂することで、両者の対立を克服してしまう。

これらの方法を適用する際には、次の三つの原則に基づき行われる。

第一は、アメニティがプラスの外部効果をもつ場合は、受益者負担原則を適用する。

第二は、アメニティの受益者が、アメニティを派生させる生産財の消費者である場合は、消費者負担原則を適用する。

第三は、アメニティを享受するものが特定できない場合は、供給者負担原則(PGP)を適用する。

これらの原則を適用する場合、その基準となる価値評価として、二つの方法がある。

第一は、アメニティ供給にかかわる直接費用・間接費用・機会費用の三つの費用に基づき、価値を決定する。

第二は、要求されるアメニティの便益を、仮想市場評価法、トラベルコスト法、財産価値法(Property Value Method)によって行う。

以上の基本的な考えの元に、ルーラルアメニティを守り育てるための各種のインセンティブが用意される。

農村地域政策におけるアメニティ政策としては、次の二つのタイプの政策がある。

第一は、「ルーラルアメニティの供給者と受益者との間に、その需給を調整することを促進させる支援政策」である。

第二は、「アメニティの供給や保全を円滑化するために、現状の経済ルールを変更する政策」である。

第一の「ルーラルアメニティの供給者と受益者との間に、その需給を調整することを促進させる支援政策」としては、「商業的価値を向上させるための支援」と、「集団的行動をおこさせるための支援」とがある。

前者の「商業的価値を向上させるための支援」として、次の四つの方法がある。

1、アメニティへのアクセス制限をし、排他性を高め、その制限緩和の対価として、利用料金を徴収する。

2、アメニティ関連商品の市場化
アメニティを取り巻く独自のニッチ市場を形成させ、独占性を高めるには、次の三つの資質に注目し、マーケットでの差別化を行なう。

A、内部資質-アメニティが生産物の一部にもりこまれているもの
B、派生的資質-アメニティが生産物に特殊な性質を付与するもの
C、外的資質-アメニティと生産物とが、「よい景観のある場所で生産されたもの」というイメージで、リンクしているもの

3、アメニティを有する土地などの所有権の商業化
4、ルーラルアメニティを活用する農村企業への支援

後者の、「集団的行動をおこさせるための支援」として、次の三つの方法がある。

1、そのための制度整備−協議の場の提供・認定・合意の形成

2、地域コミュニティへの権限付与

3、集団的行動へのインセンティブ-非協力ゲームの元での供給者に対するもの、集団的行動に対するもの、コンテストによるインセンティブ

この対象となる集団の種類としては

1、アメニティの受益者の組織
2、アメニティ供給者のネットワーク
3、アメニティ保全活動のボランティア    がある。

以上は、集団に対する間接支援だが、これらの条件が整備されれば、この後、集団への直接的支援-財政的・人的支援、NPOへの支援-へと移行しうる。

第二の「アメニティの供給や保全を円滑化するために、現状の経済ルールを変更する政策」としては、「規制の強化」と、「政策インセンティブ」とがあり、さらに、これらを補完する「補助的政策」がある。

アメニティにおける規制の「規制の強化」は、所有権について不確実な点を無くし、権利と義務を明確化し、違反を罰することにある。

そのためには、まず、守り育てるべきアメニティを確認・区別・分類する基準を設け、それに従い、守るべきアメニティを指定し、守るための土地利用計画-ゾーニング-を行い、規制の程度に応じ層別対応する。

アメニティに対する規制には、四つの種類がある。

すなわち
1、アメニティの利用に対する規制
2、アメニティを損なう行為に対する規制
3、アメニティを適正に管理するための規制
4、アメニティの供給や保全に対して求められる、結果についての規制
である。

これらの規制が、アメニティの供給者の権利を部分的にも奪うことになった場合には、補償が必要となる。

政策インセンティブには、アメニティについてプラスに働く行為に対し支払うものと、マイナスに働く行為に対し課せられる罰金・税金   がある。

プラスのインセンティブの種類としては、
1、アメニティの供給に対する直接支払い
2、アメニティの質に関係する投資への支援
3、関連する活動に対する支援
4、機会費用に対する指示前の支払い
5、これらのインセンティブを組み合わせたクロス・コンプライアンス
とがある。

マイナスのインセンティブの種類としては、
1、税
2、物理的賠償
3、金銭的賠償
がある。


以上のインセンティブを保管する補助的政策としては、
1、財政上や活動上の調整
2、情報の提供
3、アメニティ向上のための技術研究
がある。

財政上の調整としては、地方と中央政府との財政調整、景観保全基金への出資、目的税による資金創出、アメニティにより利益を受けるものが得る利益の再分配  などがある。

活動上の調整としては、アメニティを供給しているもの以外の多様な関係者の間の調整がある。

情報の提供としては、ルーラルアメニティの存在リストと、脅威にさらされているアメニティのリストの作成、アメニティの供給者・需要者の確認、アメニティ保全戦略の広報、地域住民への情報提供がある。

アメニティ向上のための技術研究としては、経済開発とアメニティ向上を両立させうる技術の開発・普及がある。

以上が、ルーラルアメニティに関するOECDの分析である。

OECDは、これをもとに、最後に、次のような政策勧告をしている。

1、ルーラルアメニティの究極の目的は、農村地域の活性化である。アメニティの適切な対価が得られれば、需要に応じたアメニティの供給を促すことができる。

2、それには、市場を適切に利用することが肝要である。

3、公共財としてのアメニティであっても、制度の措置をすれば、私的財としてあつかうことができる。

4、より公共財としての性格の強いアメニティについては、政府の直接的介入を必要とする。

5、ルーラルアメニティ発現のためには、単一政策よりも、総合的政策が功を奏しうる。   以上


目次に戻る

HOME -オピニオン -政策提言 -発言- profile & open - 著書 - 政策行動-図書館-掲示板 -コラム- リンク- 政策まんが