田園環境図書館
森なしには生きられない J・ヘルマント著
築地書館(1999年6月)
(2,500円)
筆者によれば、近年のエコロジー・ブームによって、環境問題についても、より精密で専門的に狭められた議論が、横行しているが、この傾向は決して好ましいことではなく、もっと環境問題を、歴史的にも、多文化的にも、俯瞰した視点が、今こそ必要であるとしている。

その意味で、環境的視点は決してローマ・クラブの「成長の限界」に始まるものではなく、歴史的に考察すれば、18世紀後半にまで、さかのぼり得るものだとしている。

その一例として、ヨーロッパの人々のアルプスに対する自然観の変遷について触れ、アルプスを耽美的に見るのか、単なる荒れ地としてみるのか、文学者やグランド・ツーリズムの旅行者と、農民とでは、その視点に著しい差があったことを指摘している。

筆者は、これを「自然の美重視派とエコロジー重視派の対立」ととらえ、この両者の相克が、ヨーロッパの環境思想を、後代にまで、左右してきたと見る。

当時、文学者や都会のツーリストが、耽美的感傷を抱いたアルプスの景観は、実は、山岳農民が、アルプスの荒れ地環境を克服するがために、やむを得ずとったアルプ/アルプ農法の結果によるものであったことを、誰も意識しなかった。

20世紀に入り、アルプスの自然の厳しさの克服の手段として「マッターホルン鉄道計画」がもちあがり、これに対し反対したのは、どちらかといえば、美的視点に立った郷土保護運動の各種団体であった。

一方、ツーリズムによるアルプスの環境破壊の進捗に対応し、高山植物を守る保護協会など、各種の原初的環境団体も生れてきたという。

ここで述べられているドイツの郷土保護運動については、私のホームページの田園コラムにおいても、触れているので、参照願えればありがたいが、この運動は、当時の日本の新渡戸稲造などを通じ、わが国にも大きな影響を与えた。

また,この書で述べられている、森林に美的価値を持たせることに専念した、ザーリッシュの「森林美学」の考え方は、当時の日本にも大きな影響を与えたことも、記憶しておきたい。

なお、本著では、ワンダー・フォーゲル運動と、ナチ・ドイツとの不幸な関係についても触れられており、興味深い。

現在のヨーロッパの各種施策を見ると、これらの歴史の裏打ちのもとに行われているものもある。

例えば、ドイツの「わが村は美しく」運動は、郷土保全運動の風景美化の流れをくんだものであるし、ビオトープの考え方は、森林美よりも薮や混交林を重視したガイヤーの考え方を踏襲したもののように思われる。

翻って、日本においても、日本のエコロジー思想の原点を考え直してみることは必要だ。
そのことが、日本の風土に根づいた真のエコロジーの基盤を築くことになるからだ。

目次に戻る

HOME -オピニオン -政策提言 -発言- profile & open - 著書 - 政策行動-図書館-掲示板 -コラム- リンク- 政策まんが