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救急措置で、市民がAED(自動式体外除細動器)を使うには、「善きサマリア人法」的な救済措置が必要


致死的な不整脈に陥った場合に心臓に電気ショックを与えて救命する自動体外式除細動器(AED)について、厚生労働省は8月9日までに、医師や救急救命士だけでなく、講習を受けた一般の人にも使用を認める方針を決めました。

しかし、いくつかの問題点も、未解決のまま残っているようです。

とくに、一般人がAEDを使用し、結果として、対象者が死に至った時の責任問題に付いての、救済措置が不明確なことが、大きな心配です。


まだ完全ではない、AEDの安全性

というのは、いかにAEDが、進化をとげているとはいえ、その扱い方やメンテナンスによっては、いくつかのトラブル発生の余地があるからです。

たとえば、 http://www.medical.philips.com/main/products/resuscitation/assets/docs/
using_heartstream_aed.pdf
 
の17-18ページに例示されているように、
1.パッドの取り付け位置がずれていたり、密着していないことによる、細動機能低下、パッドのコネクターの劣化やコネクトの緩みやコネクターやコードの損傷 
2.患者の体の移動による機能未発揮、AEDの近辺にラジオなどの電波発信機があることなどによる電子的障害、患者を搬送することによるAEDの機能未発揮、静電気のAEDへの影響、
3.バッテリーの消耗 
などのトラブルが、AEDの機能発揮をさまたげ、患者を死に至らしめる場合もあるからです。

ともすれば、「誰でも簡単に」と、簡便さのみ強調されがちなAEDでありますが、AEDが誰でも使えるようになるためには、AEDをとりまく、いくつかの社会的条件が必要なのです。

救急医療とインフォームド・コンセント(IC)のあり方に付いては、サイト http://www.pmet.or.jp/work/kyozai2/ic008.html のように、ただでさえ議論のあるところですが、この場合は、AED(自動式体外除細動器)使用は医療行為であるとしている一方で、AED使用当事者の一般市民には、そもそも、インフォームド・コンセントを行う当事者資格があるかどうかということになります。

もし、医療事故で、訴えられた場合の「善きサマリア人法」的救済措置がなければ、うかうかと、AED使用が出来ないということになります。

医療事故として非難された場合、医師側からも、患者側からも攻められる、苦しい立場に、一般市民は立たせられることになります。

アメリカにおいては、一定の救急患者については、インフォームド・コンセント(IC)または、インフォームド・チョイスをしなくてよいことが認められている州があります。


アメリカの「AED使用に関する善きサマリア人法」

特に、AEDの使用については、「AED使用に関する善きサマリア人法」が制定され、救済措置が設けられている州が、多くあります。

各州での対応一覧は、 http://www.medicalreservecorps.gov/appendixc.htm のとおりです。

しかし、その内容は、各州統一されたものでなく、まちまちです。

そのうちの、ペンシルペニア州の「AED使用に関する民間人の免責についての、善きサマリア人法」 http://www.cprinstructor.com/PA-AED.htm
(Good Samaritan civil immunity for use of automated external defibrillator)の全訳を以下に紹介しておきます。

また、2000年11月13日、当時のクリントン大統領は、まだ「AED使用に関する善きサマリア人法」を有していない州においても、AED使用に関する善きサマリア人法の救済措置が適用できることを定めた Cardiac Arrest Survival Act(CASA)(H.R.2498) に署名しました。 http://loraincounty.redcross.org/president_clinton_signs_aed_legi.htm参照

これを受けて、Public Health Improvement Actおよび  Public Health
Service Act
の一部修正がされました。


AED設置のためのガイドライン

これにともない、the Secretary of the Department of Health and Human Services(HHS)は、公共施設におけるAEDの設置に付いてのガイドライン(Guidelines for Public Access Defibrillation Programs in Federal Facilities )を設けました。

また、地方へのAED設置を助成し促進させるための Rural Access to Emergency Devices Act (2000) または“Rural AED Act”も、制定されました。


さらに、単に公共機関にとどまらず、民間会社などへのAED設置のためのガイドラインである ACOEM Guideline Automated External Defibrillationが、 ACOEM(the American College of Occupational and Environmental Medicine)から出されました。

このガイドラインの内容は、次の12点です。

1.AEDプログラムに付いての、集中的なシステム管理、2.職場でのAEDプログラムについての、医学的見地からの制御、3.国・州の法的規制への準拠、4.それぞれの設置状況に従ったAEDプログラムの改善、5.各地方の救急システムとのマッチング、6.職場での他の緊急システムとの整合化、7.設置環境にあったAEDの選定と技術的配慮、8.職場でのAEDプログラム遂行を補助しうる他の医療機器の整備、9.AEDの配置数や配置場所の適正さに付いての評価、10.AEDの保守・点検・交換に付いての、定期的なフォロー、11.AEDの性能保障に付いての、プログラム確立、12.職場でのAEDプログラム施行手順についての定期的見直しの実施、

このへんの経緯または、法律の概要などについては、http://www.tvfr.com/CS/AED/phia.htmlまたは、http://www.early-defib.org/03_06_02.html を参照してください。


必要な法的責任の範囲の明確化

しかし、このように、「善きサマリア人法」救済規定によって、官民あげてよく整備されているはずのアメリカでさえ法的責任範囲の問題として、次のような問題点があるとしています。

すなわち、EMS(Emergency Medical Services)以外のもので、職務上、心停止者を救う義務のあるもの(より正確に言えば、「リーズナブルな水準の医療的な扶助をおこない、外部の医療救助を直ちによびだすよう、法律によって強要された一定のグループ」)として、次のグループが挙げられます。 http://www.complient.com/aprisk.html参照

公共交通機関の関係者(航空、鉄道、クルーズ・船など), 宿泊施設の関係(innkeepers) (ホテル、モテル、など), 公衆に解放されたビジネス空間の関係者 などです。

これらの関係者のうち、たとえば、航空機関係者に付いてみれば、 The Aviation Medical Assistance Act によって法的責任の範囲が明確化(故意の怠慢や違法行為がない限りの航空会社と非従業員乗客の免責が規定)されています。

しかし、心停止を起こしやすい場所としてはランキング第五位の、ゴルフ場でのAED使用に付いてみれば、どうでしょう。

http://www.gcsaa.org/gcm/2002/oct02/10Gov.aspのサイトでは、ゴルフ場関係者は、上記のグループに属していないと見る意見もあれば、http://www.golfsafe.com/aed.pdfのように、上記のグループ同様の義務とする意見もあり、見解が分かれています。

このような場合には、少なくとも、4つの事項に付いての法的責任と限界が明確にされない限り、なかなか、行きずりの民間人が、見ず知らずの他人に対してAED措置を施すことには、ためらいを見せるのではないでしょうか。

その4つの事項とは、1.AED使用の義務、2.AED使用義務の放棄、3.傷害の原因、4.法的に認められた傷害の範囲 であります。


日本でも、総合的な救済措置が必要

これらの事情から、 the National Center for Early Defibrillation では、http://www.early-defib.org/03_06_02.htmlにおいて、民間人のAED使用にまつわる法的責任問題をクリアーするためには、次の三点の整備による総合的な対策が必要であると提言しています。

すなわち、第一は、職場などでの周到なAEDプログラムの用意、第二は、「善きサマリア人法」の整備による救済規定の用意、第三は、民間保険会社によるAED購入者に対する賠償オプションつき保険の整備 であるとしています。

日本においても、厚生労働省が、今後、一般人のAED使用に関するガイドラインを定める場合、これら、アメリカのthe National Center for Early Defibrillationの提案にならった総合的な対策の用意が必要なものと思われます。


AEDトレーニング-二つの意見-

また、現在、関係省庁・関係機関で、既存のCPR(心肺蘇生法)トレーニングまたは救命講習のプログラムにAED講習を加えるプログラム作りが模索されつつあるようです。

問題は、これまでのCPRトレーニングに、AEDトレーニングをどうもぐりこませていくかです。

現在、関係者の間では、短時間でとにかくAED取り扱い可能者の裾野を増やすべきという意見と、あくまで、AEDトレーニングは、CPRトレーニングの枠内でという意見とが、拮抗しているようにも見えます。

ここでアメリカ赤十字のトレーニングプログラムを見ますと、http://www.coloradoredcross.org/SummerSchedule2003.pdfの3-5ページ記載のように、いろいろなコースが、いろいろな時間帯、いろいろな言語、いろいろな場所、いろいろな料金で、受講できるようになっております。

このうち、Adult CPR+AEDトレーニングとしては、四時間半、Adult CPR and First Aid+AED トレーニングとしては、七時間半のコースがあります。

また、職場トレーニングコース(The Red Cross Workplace Training)では、五時間半の標準ファーストエイドコースで、CPRとAEDに関する基礎知識、六時間半コースで、これにAEDトレーニングが入ってくるといった時間編成のようで、延べ一億五千万人の方が、少なくとも40時間以上の職場講習を受けているようです。

http://www.redcross-cmd.org/Chapter/aeds.htmlhttp://www.redcross.org/news/archives/2000/020402saving.htmlもご参照。


いまだ未確立のAEDトレーニング・ガイドライン

では、具体的にトレーニングの中身を見てみることにしましょう。

サイト http://www.stormsurgecomm.com/ に見るように、アメリカのCPR等トレーニングのすべてが、OSHA(Occupational Safety & Health Administration)のガイドラインに沿って、立てられています。

たとえば、CPRのトレーニングのガイドラインは、 OSHA 1910.151 であり、同じく、First Aid のガイドラインも、OSHA 1910.151 である、といった具合にです。

肝心のAEDトレーニングのガイドラインは、OSHAのスタンダードに従うものと従わないものに大別されます。

すなわち、CPR/AEDとFirst Aidを組み合わせた First Aid/CPR/AED Combination
Courses
( MERT Trainingにもある。)の一般コースにおいては、OSHAのFirst Aid StandardのガイドラインであるOSHA1910.151 に準じます。
http://www.lessstress.com/aed.htm参照

また、胸骨の間に置く、二つの電極の位置の正確さが求められた、これまでのAED方式の不便さを改善した、電極が一つの画期的 新方式のZOLLの CPR-D Padz(ZOLL AED Plus)のトレーニングコースにおいては、OSHAのガイドラインは適用されません。

このように、AEDのトレーニングコースのガイドラインに付いては、AED機器の日進月歩の進歩もあって、まだ、完全に確立されているとはいえない状況ですが、おおかたは、 American Heart AssociationThe American Heart Association Guidelines 2000(Guidelines 2000 for CPR and ECC Index)  the American Red CrossAmerican Red Cross First Aid/CPR/AED、  EMP America, National Guidelines for First Aid Training in Occupational Settings(NGFATOS)
  
the National Safety Council ガイドライン 、 そして各AEDのメーカーなどの提示するガイドラインによっているようです。


AED/CPRミックスのコンビネーション・コースが、望ましい形ではないのか?

http://www.early-defib.org/03_06_08.html に、標準的なAEDトレーニングの概要が書いてあります。

一例として、CPRトレーニングコースにおいては、

1.AEDの概要、
2.使い方 
3.処置手順 がそれぞれ20分づつ、

4.3つのシナリオの元での実習が60分、
5.講師・受講生との質疑応答が15分、
6.実習の講評が30分、
7.技術力のチェックリスト結果評価が60分、
8.その他、補講が任意にある。

といった時間配分です。

これで3時間45分です。

AEDそれ自体が、日本にとっては、外国からの渡来物ですから、トレーニングも、このアメリカの基準に大方よるのではないでしょうか。

このように見ますと、職場段階、コミュニティ段階、そして、プロフェショナル段階という各方面で、最初からCPRもAEDも組み込んだ形の講習というのが、日本でも望ましい感じがします。


参考資料

ペンシルペニア州の「AED使用に関する民間人の免責についての、善きサマリア人法」 http://www.cprinstructor.com/PA-AED.htm
(Good Samaritan civil immunity for use of automated external defibrillator)の全訳は次のとおりです。

A.一般的規則-
Cで定められた訓練法に基づくAED使用訓練を受けたあらゆる個人や、緊急時に善意に基づく救急措置をとったあらゆる個人に付いては、AED使用に際してのあらゆる行動や行動の省略の結果によリ生じた、いかなる民間人の損傷について、責任はない。

ただし、この行為または行為の省略が、故意のものであったり、怠慢に基づくものであった場合には、この限りではない。

B.免責の要件-
次の要件を満たす、AEDを取得し整備する人には、責任が免れる。
1.Cで定められたトレーニングを受けた人
2.メーカー指定のガイドラインに基づくメンテナンス・テストをしているもの。
3.ユーザがAEDを使用する場合、救急隊に直ちに連絡し、来てもらう状態になっていること。
4.必要があれば、救急医療隊に、情報公開できる状態になっていること。

C.トレーニング-
この法の適用を受けるAEDの使用者は、下記に定めるトレーニングを受けている必要がある。
アメリカ赤十字のトレーニング、AHAのトレーニング、ペンシルバニア救急医療サービス会議技術委員会の指導の下における保険省認可の、同等のトレーニングコース

D.救急医療において個人が損傷を受けた場合の、AED使用の免責不適用に付いて-
救急隊や医療専門家が認可したケア・手当てを受け、民間人が損傷をこうむった場合、そこにおいてのAED使用に付いては、免責されない。

E.例外規定-
Cに定めるトレーニングを受けていない人が、善意を持って、緊急時に、同様の環境下において、通常の注意義務を果たし、AEDを使用した場合においては、Aに定める規則に準じて、民間人の損傷に付いての免責を受けることが出来る。

F.定義-
上記において使用の語句の定義は次によるものとする。

AED-
個人が心停止の状態において、電気的刺激によって、心拍を安定的に回復することを目的とした可搬型機器をさす。
この場合、その人間が、心停止にいたると予測され、致死や重症にいたるのを防ぐためには、緊急治療の必要性があると予測される状況に限られる。

善意-
状況の緊急性から見て、AEDの使用が、救急隊が到着するまで延ばせない、または、入院させるまで延ばせない、という、(社会的に)妥当と認められる意見に基づくもの。

以上

参考サイト

http://www.early-defib.org/docs/PAGoodSamact.pdf
http://162.114.4.13/KRS/311-00/668.PDF
http://www.aedhelp.com/legal/display_state.cfm?state_id=15
http://www.clubsafety.com/Law%20Notes%20Articles/may2001.htm
http://www.gregaed.org/basics5.htm
http://www.americanaed.com/faq.htm
http://www.legis.state.pa.us/WU01/LI/BI/BT/1997/0/SB1530P2151.HTM
http://www.cdphe.state.co.us/em/MedicalDirection/aed-imunity.asp
http://www.concentric.net/~Maxfax/files/law2.htm
http://www.halmowery.com/Releases/1998/aed.html



参考

緊急時の法的根拠の日米比較

アメリカ

( http://www.aedhelp.com/legal/downloads/Cardiac_Arrest_Survival_Act_Summary.pdf参照)
Public Health Improvement Act   
SEC. 404. GOOD SAMARITAN PROTECTIONS REGARDING EMERGENCY USE OF AUTOMATED EXTERNAL DEFIBRILLATORS
(AEDの緊急時使用に関する、善きサマリア人保護条項)

Public Health Service Act
SEC.248.Liability Regarding Emergency Use of Automated External Defibrillators
(AEDの緊急時使用に関する責任条項)


日本
  
刑法(緊急避難)
第三十七条  自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2  前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

民法第六百九十八条  管理者カ本人ノ身体、名誉又ハ財産ニ対スル急迫ノ危害ヲ免レシムル為メニ其事務ノ管理ヲ為シタルトキハ悪意又ハ重大ナル過失アルニ非サレハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任セス

「日本刑法三七条の緊急避難規定について」 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/98-6/matumiya.htm

「民法上における事務管理」 http://www.geocities.co.jp/MotorCity/9811/S58Q2.htm

「医師と医療行為」 http://village.infoweb.ne.jp/~fwik7750/ijihou/CHAP1.htm

「緊急事務管理」 http://www.law.keio.ac.jp/~shichi/2=keio/21=lecture/213=saiken/03-14.htm

「医師の説明義務」 http://homepage1.nifty.com/uesugisei/setumei.htm

(2003年 9月 1日更新)


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