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有効なコミュニケーション型行政を実現するために



 傍観者が豹変するとき


あるプロジェクトをめぐって、賛成派・反対派ふたつのホーム・ページが、競いあっている例がある。

反対派のほうは、他の要素は切り捨て、論点を絞って切り込んでいっているのにたいし、賛成派のほうは、和やかでサロン的ではあるが、ともすれば論点が曖昧である場合が多い。
どこに真実があるのか、多くの市民・住民は、傍観者として、そこにいる。

カリフォルニアのある大学で、プラニングをめぐっての、次のようなやり取りがHPにのっていた。

「多くの場合、住民を計画段階に巻き込んでいくことは、たとえ、その計画が、その人にとって、個人的に関わるであろうものであっても、むづかしい。計画段階で、民主的に共同していこうとミーティングなどを繰り返してきたが、結果は失望に終わった。特定の開発計画ができるまでは、住民は計画実施当事者の態度を快く容認するかに見えるのだが、いざ、その開発計画が提示された途端、彼等の全人格がまるっきり変わったかのごとく、民主的なプロセスを要求し、みづからの要望をきいてくれるよう、求め始めるのだ。
一方、その計画が、個人的にかかわりあいをもつものであろうとなかろうと、計画の各段階で、順をふんで、関わっていこうとする人々も、地域によってはいるのだが、その様な人達は、この忙しい時代では、まれである。」

このやり取りを見ると、何処も同じという観がする。
それでも、みじかな公共事業にたいする住民の関心は、以前よりも増してきている。


 動き出した新たな手法


事業官庁も、社会資本整備や地域づくりを、計画段階から住民と協働して行おうと、あらたな手法を繰り出してきた。

建設省では、1993年の「環境政策大綱」において、「国民と行政と協力して、環境施策をすすめる」ことを提言しており、さらに、1997年、道路審議会の「21世紀のみちを考える委員会」において、日本においては始めて、「パブリック・インボルブメント方式」(国民参加型の新たな手法)を採用することとし、1996年5月「キックオフ・レポート」の公表によって、道づくりに関する12のテーマを問いかけ、意見募集をおこなった。その結果、35,174人より「みち」に関する意見がよせられ、これを同年11月「ボイス・レポート」として、まとめた。
道路審議会基本政策部会『21世紀のみちを考える委員会」では、このレポートをもとに検討をはじめ、1997年3月に『中間取りまとめ」として、基本的考え方をまとめ、改めて国民に評価と意見を求めた結果、15,057人から意見が寄せられた。

さらに、1999年1月、建設省は「コミュニケーション型国土行政の創造にむけて」との提言を出し、「1,社会資本の整備・管理、地域づくりにおける国民との協働。2,アカウンタビリティの向上。3、開かれたサービス機能の充実。4,コミュニケーション型行政を支える研究開発等の推進。」を内容とした取組みを掲げ、これをもとに、地方部局、本省各局での多様な取組みを展開している。

一方、中央省庁等改革推進本部では、1999年1月「中央省庁等改革に係る大綱」のなかで、意見紹介手続(仮称)[いわゆるパブリック・コメント手続]制度の導入を計ることを掲げ、この閣議決定のもとに、1999年4月より本格的な運用が開始された。現在、人事院と宮内庁を除く各省庁が、この方式を採用している。

パブリック・コメント方式とは、政策立案過程において、国民に政策のありかたや、政策案にたいする意見を、インターネットなどを通じ、募集し、その意見を考慮して、政策の修正を含めた検討を行おうというものである。

地方自治体でも、このパブリック・コメント方式を採用または検討の県、市が増えてきており、特に、滋賀県では、1998年11月に「滋賀県行政改革委員会」から活用の提言を受け、同年12月の「滋賀県行政改革大綱」の決定により、平成12年度から導入をしている。
そのほか、福井県、新潟県,岩手県,広島県、群馬県や大分市、高浜市では、すでに実施しており、栃木県では「とちぎ政策マネジメントシステム」案において提唱、兵庫県、三重県、北海道、茨城県,山梨県,富山県、島根県,鹿児島県,燕市,所沢市,石狩市、京都市などで、導入に意欲的のようである。(平成12年3月31日現在の自治省の調査として『地方公共団体におけるパブリックコメント制度の取り組み状況」との資料があるが、その後急速な自治体での動きがある。)

最近では、循環型社会基本法の公明党案で、パブリック・コメントの実施を法律上に明記するとの案をだしている。

 コミュニケーション型行政の問題点


このように、一見華々しい、日本における「コミュニケーション型行政」の展開に見えるが、問題点も多いようである。

シンクタンクである総合研究開発機構は、2,000年1月より「パブリック・コメントの課題』との研究を開始し、このほど、その中間報告書(『パブリック・コメントの現状」)がまとまった。

それによると、平成11年4月から平成12年1月まで、各省庁160件のパブリック・コメントの内容を調査したところ、次の問題点が、浮き上がってきた。

第一は、提出された意見が少なく、約5割が、意見数10件以下であるという。私の知る限りでも、たった1件というものや、意見がなく再募集というものも、あった。

第二は、結果の公表について、閣議決定案件については、大半が公表しているが、それ以外の任意の案件については、約5割しか、公表していないという。

第三は、わかりやすい情報提供によって意見を引き出そうとしているかについて、「概要」の添付の有無を調査したが、添付をおこなっている案件は、全体の3分の1に過ぎないという。

第四は、地方のシンクタンクの研究員にたいし、パブリック・インボルブメント方式についての認識度を調査したが、何等かの知識をもっている研究員は3分の2にのぼったものの、具体的な事例について知っているものは、3割以下にとどまったという。


 必要な「方式の違い」の認識


以上が、総合研究開発機構の問題点の指摘であるが、私は、もっと基本的な問題があるのではないかと思う。

すなわち、日本では、パブリック・インボルブメント方式と、パブリック・コメント方式の違いについての認識を、もっと深めるべきではないか、ということである。

先に見た、建設省のコミュニケーション型行政の最初は、欧米でプロジェクトの進行にあたって広くおこなわれている、パブリック・インボルブメント方式の道路行政への導入であった。

日本で広く行われるようになったパブリック・コメント方式は、このパブリック・インボルブメント方式の「手続きの流れの一部」ではあるが、全体ではない。
その一部のみをスキミングし、適用することは、本来、パブリック・インボルブメント方式のもつ総合的な意義を見失うことになりはしないか。

そもそも、欧米におけるパブリック・インボルブメント方式は、一つのプロジェクトについて、賛成でも反対でもない「普通の人」の意見がどこにあるかを知り、その意見を分析し、プロジェクトへのフィードバックを繰り返しながら、「普通の人」が、「納得づく」で、計画を理解し、高め、参加し、時には代替案まで検討し、最後は、共同で事業実施の意思決定をしていくという、息の長い一連のプロセスをさしていう。

医療の世界に「インフォームド・コンセント」という言葉があるが、ちょうど、大手術をしようとする医者たる行政が、ある意味では危険になるかも知れない可能性もふくめ、患者たる住民に、容易ならざる真の病状を説明し、あるいは、「そこまで切らなくとも良い」との患者側の要望を入れつつ、「納得づくの手術」すなわち「開発計画の実施」にまで漕ぎ着ける、というものである。


 欧米でのパブリック・インボルブメント方式


欧米で広く行われている、これらの流れを具体的に示すと、次のようになる。(以下、パブリック・インボルブメント方式を、PI方式という。)

1,PI方式の目的

  (1)政策の質と政策決定過程の質を高める。
  (2)計画決定過程において、関係者が、等しく情報にアクセスでき、情報をインプットできることによって、オープンで透明な計画決定ができる。
  (3)関係者が、計画の推移、問題点、解決策などを知らされ、それを理解できるシステムを用意する。
  (4)政策決定過程において、パブリック・コメントを取り入れる。

2,PI方式が、重きを置くのは、行政と住民とのあいだにかかわる、次の諸点である。
  (1)オープン性 (2)誠実性 (3)信頼性 (4)包括性 

3,PI方式の実施にあたって、まもるべき原則
  (1)参加と、機会均等 (2)相互の理解(3)計画の当初段階からの計画へのかかわりあい、(4)責任のわかちあい (5)相互の信頼(6)住民にひらかれた計画決定権の確保

4,PI方式の進行過程
  第一段階 情報の開陳 第二段階 双方向のコミュニケーション 第三段階 住民の望む情報ニーズを探るためのインタビュー 第四段階 住民への助言機能発揮 第五段階 住民への相談機能発揮 第六段階 パートナーシップの発揮 第七段階 代替案の検討 第八段階 住民・行政共同での計画決定と決定責任のわかちあい

5,欧米でのPI方式の進行過程を深めるイベントやツール等
  (1)一般住民にたいする通知
     ミーティング開催を通知する広告やビラ
     インターネットによる通知
     ニュース・レリースなどよるメディアへの通知
     ダイレクトメール
     プロジェクト・ホットライン
     ニュース・レリース

  (2)関係者ヘのコメント要請
     ミーティング(公衆集会、公開フォーラム、会議、ヒアリング、オープンハウス(展示館)ワークショップ(小人数会議)など)
     コメントカード
     プロジェクト・ホットライン
     インターネット
     アンケート・調査

  (3)パブリック・コメントの計画への取り入れと、アンケートへの対応

以上のように、PI方式は、公衆にたいする情報のインプットから始まり、その後のいろいろな形でのフィードバック過程を経て、行政と住民とが共同責任のもとに計画実施を決断するにいたる、誠に多様で息の長い過程からなる。

そのうち、パブリック・コメントの段階は、フィードバックをよびおこす過程の一つに過ぎないものである。

したがって、このパブリック・コメントの段階が有効に働くには、(1)その過程以前で、コメントする人々へ、十分な情報インプットをする段階があったこと、(2)その過程以後で、コメントした人々へ、十分なフィードバックをはかる段階の用意があること、が条件となる。
もちろん、欧米のパブリック・インボルブメント方式を、そのまま日本に適用しても、効果が上がることはないであろう。


 日本型パブリック・インボルブメント方式確立のための条件


日本のパブリック・コメント方式が、日本型パブリック・インボルブメント方式の一類型として適用されるとしても、その為には、以下の条件が必要であると思われる。

第一は、パブリック・コメントを求める場合には、事前に十分な情報提供が、インターネット上などで、なされることが必要である。
また、どの様な設問を設定するかについて、住民の意向を事前にさぐるインタビューの段階が必要である。

第二は、専門的なテーマについてパブリック・コメントを試みる場合は、その導入部門の設問において、制度の背景や歴史的経緯などについて、素人でもコメントできるような導入部分を設けるべきである。ファクト・シートにもとづく事前の情報提供は、最初は簡単な概要から徐々に詳細な概要に至るまでの、コメントする人々の周知度に応じたセグメント対応が必要である。

第三は、結果の公表は、要約版の公表と同時に、膨大な個別情報となっても、加工しないそのままのデータ・ベースの公表を、意見の集合体として、Web上で行うべきである。
又、分析にあたっては、その分析結果が、政策改変に影響をあたえられることを前提にして、綿密に行われるべきである。

第四は、パブリック・コメント方式のみによっては、代替案策定にまでいたることは、まれであると思われるが、ことと次第によっては、代替案策定も可能とするシステム構築につとめるべきである。

第五は、住民サイドのアドバイザー機能やコンサルタント機能を持つ人々をグループ化し、、これをフォーカス・グループとし、そこに特別のフィードバック回路を設けることが、上位のレベルでの双方向化に繋がるものと思われる。

第六は、大規模プロジェクトにおいて、風土工学を活用する場合においても、このパブリック・インボルブメント方式の手法は、有効であると思われる。

以上にみたように、日本のパブリック・インボルブメント方式は、よちよち歩きをしたばかりの段階ではあるが、これらの試行錯誤を切り口にして、一日も早い日本型パブリック・インボルブメント方式の確立を期待したいものである。
とくに、地方自治体での取組みは、これまでの住民参加の在り方を根本的に変える可能性を秘めたものである。

しかし、同時に、これらの方式が、一つの通過儀礼や免罪符として、形式化してしまう恐れも十分にあり、それらの形式化をさけるための方式改善も、今後検討していかなければならないものと思われる。 


(2000年 11月5 日更新)

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