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都市のイメージ
ファクト・ファインディングのすすめ
一連の接待問題等を契機に、中央キャリア官僚の税務署等地方出先機関、地方自治体への管理職出向の年齢を、35才以上に引き上げる方針のようである。

もっともな面もあるが、やや『あつものに懲りてなますをふく』の感もしないでもない。むしろ、肩書きなしの若手の官僚の現場出向は、今の数倍は、やっていただかなくてはならないと、私は思う。

なぜなら、そのほうが、当節、一部の県ではやりの、お飾り女性副知事の出向よりも、もっと、官僚の立法過程に影響を及ぽす根源的な対策であると、私は思う故である。

永年農林水産省におられ、水産庁長官もつとめられた佐竹五六さんが、先般、『体験的官僚論』という本を上梓された。


深刻な法と実態との乖離
そのなかで、日本のエリート官僚は、内務・警察官僚を除き、明治以来、問題処理にあたって、ファクト・ファインディングを重視してこなかつたことが、法と実態との乖離を招いているとされている。

ファクト・ファインディングとは、徹底した実態調査に基づく、政策立案・立法化ということである。

佐竹氏は、その数少ない例外となる、戦前・戦後の幾つかの例のひとつとして、次の事実をあげておられる。

明治10年代後半の勧農政策の失敗をうけ、農商務省大書記官、前田正名氏が、農林水産業や商工業の現状の徹底的な調査分析に基づき、明治14年『興業意見』としてまとめ、その後の政策展開に、逐次反映させた事である。

佐竹氏によれば、この『徹底的な調査に基づく政策立案』という発想は、その後、石黒忠篤氏を通じて、後代の農林官僚に、著しく強い影響を与えたという。佐竹氏はあえて触れられていないが、石黒氏が、高冷地農業の実態を確かめるため、八ケ岳の中央農業実践学校の『山の家』という山荘で寝泊まりされながら、自ら身をもって、その実態把握につとめられたという、伝説的な逸話を、わたくし自身も、伝え聞いている。


現場に行かないエリート官僚
この佐竹氏と同じ問題意識を、かつて私自身もいだいたことが、いくたびかある。

その一つは、『党高政低は本物か』という趣旨の、10年近く前の雑誌対談の中で、「もし、政治家が、官僚に対し、優位性を保ちうるとすれば、毎週選挙区に帰り、実態をインプットし、永田町に持ち帰り、官僚提示の政策素案に、フィードバックを与えうるという事である。」と、のべたことがあった。もっとも、今となつて考えれは゛、そのフィードバックの視点が,やや生産者サイドにバイアスのかかったものであり、生活者・消費者の立場が、ともすれぱ、ネグレクトされてきた嫌いがあったことは、いなめない。

もう一つの経験は、あるエリート官僚と、環境間題の論争をしたさい、私が『その現場にいかれたことがありますか』ときくと、やや誇らしげに、『もちろん、いっていません』という、確固たる答えがかえつてき、戸惑いをおぽえたことである。

その官庁全体で見れぱ、技官の方がたは、それこそ実態に密着されて事をすすめているのだから、『現場に口を出さないこと、すなわち省のまとまりのため』という意識から、この様な答えがかえつてきたのであろうが、企画段階での実態把握の弱さは、のちのち、その象徴としてできた、ハード施設の社会的存在意義を、著しくマイナスのものとしていることの危うさを、いま、エリート官僚自身が自覚すべき時である。


必要な地方現場の実態経験
かえるのイメージ 今必要なのは、若手中央官僚の地方出向制限なのではなく、かつての中国の下放運動のごとく、若手官僚に、無役で地方現場の実態経験をさせることである。

その過程で、優秀なシステム的考え方では割り切れない、『地方の持つ、どうしようもなく、らちがあかぬ』閉塞状況を、若い彼等の胸の内に、沈潜させることである。そして、その事によって、今直ぐ役立たなくとも、将来の彼等の政策形成のマインドのなかに、知らず知らずのうちに、反映させる事ができるのではないだろうか。    

(1998年6月)

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