田園環境図書館
コモンズの社会学

井上真・宮内泰介
(新曜社)(2001/3)
(2,400)

 

 

近代社会は、土地なりオープン・スペースの「利用」を排除し、「所有」中心の社会を築き上げようとした。

日本においても、明治時代、西洋から輸入されたローマ法の精神に基づく民法の制定によって、所有権のあるなしに二分化された考えが、取り入れられるようになった。

しかし、この二分化は、人間と環境の関係にとって、好ましいことばかりではなかった。

「所有するが利用しない。」ことで、不在地主などによる環境劣化をまねくとともに、「所有しないが利用したい。」人々を排除することで、いっそうの環境劣化がもたらされた。

この環境劣化に対し、憲法上の異議を唱えられうるのは、所有者以外には、反射的利益を有するものにかぎられている。

例えば、名物の滝の近くで、営業する写真屋さんなどだ。

このような、「スペースの所有か非所有か。」という二値化の動きに抗し、その硬直的な考えを和らげる概念として、コモンズという考えが台頭してきた。

というよりは、すぐれた資源管理システムとして、古来からの先人の知恵の産物たるコモンズという考え方が、再評価されはじめてきたといってよい。

コモンズには、二つの考えがあるとされる。

一つは、「みんなの共有資源」という意味であり、もう一つは「共有資源をめぐる人と人との関係を規定する所有制度―共有権、入会権、共同利用権―」を意味する。

これらの意味をベースに、コモンズは、以下の異なる三つの定義がなされる場合がおおい。

第一は、共的所有制度および共有資源をコモンズというもの、
第二は、非所有権制度をコモンズというもの、
第三は、非所有制度および非所有資源をグローバル・コモンズといい
共的所有制度および地域共有資源をローカル・コモンズというもの

である。

第一の共的所有制度としては、共同体所有または共同所有があり、共有入会権がこれにあたる。

第二の非所有制度としては、共有の性質を有さない入会権すなわち共同で他人の土地を使用する地役入会権がこれにあたる。

第三のグローバル・コモンズとローカル・コモンズについて、

グローバル・コモンズのスペースは地球共有資源であることから、非所有かつオープンアクセスであっても、人間全体の共有財産として、一定の規制をかけるものである。

ローカル・コモンズには、二種類あり、

利用規制がゆるやかな「ルースなローカル・コモンズ」と、

利用規制がきびしい「タイトなローカル・コモンズ]とがある。

よく「コモンズの悲劇」として知られる例で、誰でもアクセス可能な牧草地に、一人が羊を放牧したことで、次次とその牧草地に羊を放牧する人がふえ、ついに、その牧草地は、羊いっぱいとなり、牧草は涸れ果ててしまったというのは、「ルースなローカル・コモンズ」の例である。

「タイトなローカル・コモンズ]の例として、村落空間の秩序が保たれているのは、地域住民の暗黙の相互監視機能によるものだとの説があげられている。

このようなコモンズの定義のもとに、本書では、日本や世界各地におけるコモンズの例を挙げ、その問題点やコモンズ崩壊の過程をさぐっている。

ここで、特に注目すべきは、白神山地が世界遺産に指定されたことによる、地域住民にとってのコモンズ崩壊の例である。

1980年、秋田と青森をつなぐ青秋林道建設計画が持ち上がったことから、県境山地地帯にある大面積ブナ林保護問題が発生した。

1987年に、青森県知事が計画の見直しを決定し、1990年、林野庁により、「白神山地森林生態系保護地域」が設定され、1992年の環境庁による「自然環境保全地域」指定を経て、1993年、ユネスコ世界遺産リストへの登録により、白神山地は、世界第一級の自然保護地域として、認知されるにいたった。

これによって、住民の白神山地とのかかわりあいは、どのように変化してきたのだろうか。

住民には、山菜採取が原則禁止となり、住民の採取の権利も消滅した。

一方、コア地域での登山については、一部入山が認められた。

逆に、従来からの林野利用を目的とした入山は禁止された。

このように、白神山地の世界遺産指定によって、地元住民にとってのコモンズとしての白神山地の林野利用は、確実に後退した。

これら白神山地の凍結的保護・保存が、今後の林地の生態系にどのような影響を及ぼすのか、だれもわからない。

逆に、入山を部分許可された登山者の急増は、現地に、持込ごみ問題など、いろいろな問題をひきおこしている。

今、世界はコモンズの持つ資源管理機能の有用性を、高く評価しはじめてきている。

「使いながら守り育てる。」という最も理想的な管理保護システムが、ここでは実現されているからだ。

本書の編者は、いみじくもこれを、「グリーン・セーフティー・ネット」と名づけている。

同感である。

地域住民のコモンズとしての森・山・里・川・海・浜へのアクセス権の回復が、低コストで持続可能な自然資源保護のための有効な手段となると思うのは、私だけであろうか。

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