田園環境図書館
世界の野外博物館 杉本尚次
学芸出版社(2000年3月)
(2,800 円)
この「田園環境図書館」では、これまでにも、エコ・ミュージアムに関する本を、いくつか、とりあげてきた。

本書は、これまでの本に紹介されることの少なかったアメリカ、カナダ、東南アジアの野外博物館(エコミュージアムを含むもっと広い概念でのもの)が含まれているのが興味深い。

筆者は、世界の野外博物館をまづ、現地保存型のものと、収集展示型のものとに分け、それを各々、さらに総合野外博物館、自然系野外博物館、人文系野外博物館に分類している。

このうち、本書でとりあげるのは、人文系野外博物館で、これを、さらに、次の10タイプに分け、合計58例の世界の野外博物館を紹介している。
  1. 総合的野外博物館(9例)
    国の総合的な民俗性を形成している民家、施設などの集大成で、スウェーデンのスカンセンが、その代表的なものである。

  2. 伝統的生活文化野外博物館(11例)
    1の総合的野外博物館の変形で、一地域固有の民俗性を表す民家、公共施設などを一つの地域に集めたもので、ポーランドのサノク野外民族建築博物館がその代表例である。

  3. 古い町並み(9例)
    既成の町の一角にそのまま残る古い町並みを保有し、さらにかけたものを補ったもので、スウェーデンのガムランスタンや、アメリカのウィリアムズパーグが、その代表例である。

  4. 歴史を活かした野外博物館(5例)
    戦跡や城塞都市、移住者が形成した町など、特色のある町を保存するもので、アメリカの南北戦争の激戦地ビックスバーグが、その代表例である。

  5. 民族文化型野外博物館(8例)
    先住民を中心とした生活文化を保存しているもので、フィンランド等のラップランド地域のサーミ人の博物館が、その代表例である。

  6. 遺跡型野外博物館(3例)
    住居遺跡をそのまま博物館にしたもので、アメリカのメサ・ヴェルデ(世界遺産)が代表例である。

  7. 再生型野外博物館(3例)
    かつて栄え、今はゴーストタウンと化した地域を再生したもので、アメリカのかつてのゴールド・ラッシュタウンを、その中に含むコロンビア州立歴史公園がその代表例である。

  8. 遺跡型野外博物館(5例)
    産業革命の産業遺産などを復元し、追体験できるようにしたもので、イギリスのアイアンブリッジ・ゴージ野外博物館(世界遺産)が、その代表例である。

  9. ネットワーク型野外博物館(5例)
    その地域のビューポイントを結び、ネットワーク化したもので、アメリカのミシシッピー川沿いのプランテーション・ハウスの豪邸をめぐるコースなどが、その代表例である。

  10. 環境調和型野外博物館(1例)
    自然と一体となったエコ・ミュージアムで、フランスのグランドランド・エコミュージアムが、その例としてあげられる。
こうしてみると、これまでのエコ・ミュージアムよりも、多彩なタイプの野外動物館が本書では紹介されている。

本書では更に、世界や、日本の野外博物館に共通の課題も、本書で指摘されている。

第一は、展示物の真正性(オーセンティシティ)にどの程度、こだわるのか、ということである。

保存期間や、安全性を重視すれば、材料や工法についてある程度の真正性を犠牲にしてよいのではないか、というのが本書の立場である。

第二は、先住民族の生活史は、もっと、重要視してよいのではなか、ということである。

日本の場合、どうも、「やれ源氏の末裔だ、平家の落人だ」という話が多くて、真正面に、その地域の先住民族の歴史に、向きあう姿勢が希薄であるような気がする。

しかし、この頃になって、東北においても、アテルイの歴史などに関心を示す若い世代が、増えてきた。

第三は、野外博物館の財政負担を乗り切るために、テーマパーク化するのか、それとも、博物館の正道を歩むのか、という選択である。

いまこそ、テーマパーク化を避けうる公的支援の方途を真剣に考える時である。

なお、本書は、これから、野外博物館の建設に取り組みたい、自治体の視察ハンドブックとしても、好著である。


参考-本書で紹介されている世界の野外博物館の具体例


1 総合的野外博物館



野外博物館のパイオニア スカンセン (スウェーデン)
全土と旧領域から民家などを集めた フリーランド・ムセー (デンマーク)
自然と人間と田園風景のハーモニー バレンベルク野外博物館 (スイス)
自然環境と民俗文化で国土を再現 オーストリア野外博物館 (オーストリア)
移築建物数ではヨーロッパ最大の ブクレシュチ村落博物館 (ルーマニア)
アメリカ人がプライドを感じる H・フォード博物館とグリーンフィールド村 (アメリカ合衆国)
中国の二大野外博物館 「中華民族園」と「中国民俗文化村」 (中国)
ふるさと兼レクリエーション・センター 韓国民俗村 (韓国)
国民国家をみせる装置 タマン・ミニ・インドネシア (インドネシア)

2 伝統的生活文化野外博物館



地方の民俗文化をまとめてみせる リレハンメル野外博物館 (ノルウェー)
屋敷と集落ぐるみの復元 ウエストファーレン伝統農村文化野外博物館 (ドイツ)
ドイツ人のふるさと シュバルツバルト野外博物館 (ドイツ)
充実した研究と展示 サノク野外民俗建築博物館 (ポーランド)
校倉造りの村 チチマニとホホワブ (スロバキア・ポーランド)
建物の発達過程がわかる シングルトン野外博物館 (イギリス)
アイルランド西岸地域の民俗文化 バンラティ城民俗公園 (アイルランド)
コーンベルト農村の生活史を追体験できる 生活史農場 (アメリカ合衆国)
充実した二つの野外博物館 一九世紀の英系カナダ人の村落生活 (カナダ)
村ぐるみ現地保存した 河回民俗村 (韓国)

3 古い町並み(オールドタウン・歴史地区)



古い町家の博物館 「古い町」オールフス (デンマーク)
二つの古い町並み ガムラスタンとリンチェピング (スウェーデン)
木組みの美しい町並み クヴェトリンブルク(世界遺産) (ドイツ)
城壁に囲まれた中世都市 ネルトリンゲン (ドイツ)
町並みの保存と再生の典型 ウィリアムズバーグ (アメリカ合衆国)
美しきドイツ風の町並み オールド・セイラム (アメリカ合衆国)
フランス文化の香り漂う特異な町並み フレンチ・クォーター (アメリカ合衆国)
町並み保存運動のリーダー チャールストン (アメリカ合衆国)
美しき城塞都市 ケベック(世界遺産) (カナダ)

4 歴史を活かした野外博物館



南北戦争の激戦地 ビックスバーグ (アメリカ合衆)
プレーリー開拓者たちの生活文化 サツーア・プレーリー開拓村 (アメリカ合衆国)
北米で最優秀の歴史公園 ルイブール城塞国立歴史公園 (カナダ)
若い国の歴史をふりかえる オールド・シドニー・タウン (オーストラリア)
すがすがしい美しさ 宗教共同体の村 (アメリカ合衆国)

5 民族文化型



フレミッシュ(フラマン)語地域の庶民文化 ボックレイク野外博物館 (ベルギー)
自然と共生する サーミ(ラップ)人の生活文化 (スウェーデン・ノルウェー・フィンランド)
北欧系移民村落の野外博物館 オールド・ワールド・ウィスコンシン (アメリカ合衆国)
伝統を固守する 二つのアカディア人(フランス系)の村 (カナダ・アメリカ合衆国)
すばらしい造形美を誇る タオス・プェブロ(世界遺産) (アメリカ合衆国)
広西壮族自治区の野外博物館 広西民族文物苑 (中国)
台湾の二つの野外博物館 台湾先住民(高山族)の伝統文化 (台湾)
民族文化を展示した 南太平洋の野外博物館 (ハワイ・ニュージーランド・フィジー・パプアニューギニア)

6 遺跡型(先史考古野外博物館)



湖上集落を復元した 先史野外博物館 (ドイツ)
充実した考古資料と先史時代の復元家屋 低オーストリア先史考古博物館 (オーストリア)
先住民の断崖集合住居遺跡 メサ・ヴェルデ(世界遺産) (アメリカ合衆国)

7 再生型



再生された牛の町 オールド・ダッジ・シティ (アメリカ合衆国)
ゴールドラッシュ・タウンを再現した ゴールド・ディスカバリー州立歴史公園 (アメリカ合衆国)
ゴーストタウンの再生と活用 バーカービル (カナダ)

8 産業遺跡型



工場などを移築復元した エイボンクロフト野外博物館 (イギリス)
産業革命期を追体験する アイアンブリッジ・ゴージ野外博物館(世界遺産) (イギリス)
活気ある農村工業の姿を再構成 ウエストファーレン伝統技術文化野外博物館 (ドイツ)
水路を活かした産業遺跡 ロウェル国立歴史公園 (アメリカ合衆国)
製鉄関係の産業遺跡野外博物館 サーガスとコーンウォール (アメリカ合衆国)

9 ネットワーク型



環境と共生する風車の島 エーランド島 (スウェーデン)
文化遺産を結びつける「自由の街道」 ボストン国立歴史公園 (アメリカ合衆国)
緑に包まれたすばらしい家並み オール・ディアフィールド (アメリカ合衆国)
ミシシッピ川沿いの農園主邸 南部プランテーションの豪邸をめぐるコース (アメリカ合衆国)

10 環境調和型(環境共生型)



自然と一体となった グランドランド・エコミュージアム (フランス)

目次に戻る

HOME -オピニオン -政策提言 -発言- profile & open - 著書 - 政策行動-図書館-掲示板 -コラム- リンク- 政策まんが