田園環境図書館
よみがえれ 池塘よ 草原よ 松本 清
山と渓谷社(2000年3月)
( 1,600円)
冬の飛行機にのり、高山の上空を通過すると、夏にもまして、人為が自然に加えた後が、くっきりと浮き出ていることに、おどろく。

まるで、粉を吹き付けて、指紋を浮き出させたように、雪が、自然の凹凸を、際立たせているのだ。

本書の主役である巻機山は、新潟県と群馬県にまたがる山で、深田久弥の「日本百名山」の一つである

そのため、近年、登山者が急速に増加し、植生破壊が進んできた。

これを防ぐため、ボランティア・日本ナショナルラスト・東京農業大学自然環境保全学研究室それに新潟・群馬両県・地元塩沢町が連携し、修復に当たってきた。

この、22年間にわたる記録を綴ったのが本書である。

池塘(ちとう)というのは、湿原のなかにある小池をさし、別名「泉水」ともいう。

著者が、巻機山の環境修復を思い立ったのは、ふとしたことだった。

1970年、学生だった著者が、水場に水を汲みにいったおり、その下流が、点々と黄金爆弾がつらなる「キジ場」と化していたことを、目にし、著者は「この山をなんとかしなければ」という、使命感に燃えたのだという。

環境修復の目的は、次の5つだった。
(1)登山道整備 
(2)規制ロープの強化 
(3)池塘復元 
(4)植生復元 
(5)避難小屋周辺の整備

1978年8月下旬、志願した13人のボランティアと登山道整備と池塘復元をすることから、その後20数年にわたる、気の遠くなるような巻機山環境修復の作業は始まった。

資材の運搬は、「新潟県・山のゴミ会議」という名の自然保護団体とタイアップし、山岳ゴミを持ち去るためのヘリコプターの行き便に、資材を積み込むことで、解決した。

1979年、このヘリコプター輸送に県からの補助がつき、7月、本格的なヘリコプター資材空輸作戦はスタートした。

植生復元には、東京農業大学のノウハウが、フルに活躍した。

日本ナショナルトラストの御墨付きは、マスコミの注目を浴び、山にはいった地元テレビの画像は、現地の修復作業を伝えた。

このマスコミの好意的対応は、新潟県をも、大きく動かし、1985年より3年間、県の植生復元事業がはじまった。

さらに、ボランティアの中心には、東京農大の学生が占めたが、このことによって、ボランティア参加人員が季節的に不安定になることが防げ、確実な作業進行が達成できた。

これらの20数年間の活動の歴史は、私達に幾つかの事を教えてくれる。

第一は、ボランティアが行政を動かすには、行政を説得できる御墨付きが、効果的であるということだ。

このケースでは、東京農大と日本ナショナルトラスト、それに影響された
地元マスコミが、大きな役割を果たした。

第二は、予防的環境修復が行政の補助対象となることは、現行では、なかなかむつかしいということである。

私自身、沖縄の石垣島で見たことだが、すっかり乾燥化し、息絶え絶えのマングローブの林の中に、遅れ馳せながら作られた、豪華な補助付き木道が寒々と走っているのを見ると、まさに、費用対効果からみれば、予防的な環境修復にこそ、補助が必要なことがわかる。

第三は、環境修復の技術的ネットワークの必要性である。

一つの地域で成功した環境修復技術が、他の地においても成功するとは限らないが、日本型環境修復共通の技術的インフラは、近年確立されてきたとみられる。

その地の環境修復にいかに適切な技術を低コストで提供できるかが、大きな課題となる。

第四は、ボランティア・ネットワークの確立である。

このケースの場合は、前記の通り、東京農大の学生を主体としたため、労力の不安定性から逃れることができたが、多くの場合は、適時適切なボランティアの確保が最大の課題である。

それを可能とする何等かのネットワークの存在が必要である。

イギリスのBTCVという名のトラストは、環境修復専門のトラストであるが、このシステムにならったNPOサポートセンターの存在が必要と思われる。

第五は、環境修復後のメンテナンスは、行政では困難で、やはり、ボランティアまたはNPO無くしては不可能ということである。

この本は、今後のボランティア・NPOと行政との連携についても、多くの示唆を与えてくれる。

本書で述べているように、行政の弱みは、担当者が常に変わることである。

NPOなりボランティアの強みは、永続的に現場に密着できることである。地元の町の人々でさえも、現場密着という点では、彼等にかなわない。

本書の22年にわたる苦闘の歴史は、なによりも、そのNPOなりボランティアの強みを、我々に、雄弁に語っている。

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