田園環境図書館
山里そのまま 写真・岡本良治 文・山崎禅雄
山と渓谷社 (1997年5月分を近時再版)
(1,600円)
ドイツの美しい村づくりを見にいった時、バイエルンの農政担当者からKultur Landschaft という言葉を何度も聞いた。
日本語に強いて訳せば「人為的景観」とでもいおうか、つまり景観には、人為の及んでいない景観もあれば、農業・林業の人の業(なりわい)の結果として、人為の及んでいる景観もあるということになる。
その「人為的景観」の日本における代表例が「棚田」いうわけだ。

もっとも、私自身は、「棚田」のみが、日本の人為的景観の象徴メニューになっていることには、抵抗感がある。もっと幅広い観点から、人為的景観を守らないといけないのではないかという疑問を常日頃から抱いていた。

そんな私のかねてからの疑問を吹き払ってくれたのが本書である。多様な人為的景観が、そこに切り取られている。

もちろん、本書のなかには、棚田の景観も入っている。
それどころか、岡本さんの写真を100%以上にフォローしている山崎さんの文章によって、棚田をつくりやすい立地条件にまで、解説していただいている。

山崎さんによれば、棚田を作りやすい条件は次の4つであるとしている。
第1に、土質が粘着性のあるものであること。そうでないと、畦畔(けいはん)が崩れやすく、また、水も抜けてしまうからだ。
第2は、土層が厚いこと。岩盤が表土に近いと、急傾斜で、岩が露出してしまうからだ。
第3は、日当たりのいい斜面であること、
第4は、斜面の上部に充分な水源があること、だという。

こうして解説されれば、棚田は地域の人々が農業で生き延びるギリギリの条件を生かして、やむを得ず作った「生命線としての必然の景観」であったことが分かる。

この写真集には、人が全く写っていない。
しかし山崎さんもあえて言われているように、人の姿がないためにかえって背後にある「地域の人々の存在と膨大な過去を含んだ今」を感じさせる効果をあげている。

「温もりのある国土を作る工夫は、農業の生産性を高めることとは別の次元のことではないか」という山崎さんのつぶやきは、21世紀農政の強力な示唆になり得る。

ところで、本書副題の「そのまま」とは、考えてみれば、意味深長な言葉ではある。山里の景観を「そのまま」保つには、絶え間ない人為からの働きかけが必要となる。

残念ながら、日本の山里は、いつの頃からか、働きかけるべき人為が、機能停止しっぱなしの状態となってしまった。

だから、「そのまま」とは、「人為の働きかけが、”そのまま”機能停止の状態になっている」ことと、思いたくなるのである。

もし、著者達の意図がそうであるなら、彼らは屈折した憂国ならぬ憂里の情を、その言葉の中に、なにげなく忍び込ませているのかもしれない。

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