笹山登生の発言・寸感アラカルト


2002年6月24日

大平正芳さんの楕円の哲学


公文俊平 さんが、大平正芳さんの政治哲学を、楕円の哲学 にもとづくものと評されています。http://www.glocom.ac.jp/proj/kumon/paper/1993/93_10_00.html 参照

公文さんは、その中で、次のように言われています。

「一九三八年の正月、当時二八歳の大平は、新任の横浜税務署長としての訓辞の中で、次のようにのべていた。  

行政には楕円形のように二つの中心があって、その二つの中心が均衡を保ちつつ緊張した関係にある場合、その行政は立派な行政と言える。...

支那事変の勃発と共にすべり出した統制経済も統制が一つの中心、他の中心は自由というもので、統制と自由が緊張した均衡関係に在る場合に、はじめて統制経済はうまく行くのであって、その何れに傾いてもいけない。

税務の仕事もそうであって、一方の中心は課税高権であり、他の中心は納税者である。

権力万能の課税も、納税者に妥協しがちな課税も共にいけないので、何れにも傾かない中正の立場を貫く事が情理にかなった課税のやり方である。(『素顔の代議士』、pp. 9-10)  
つまり、大平の考えでは、およそものごとには二つの中心があって、その両者が緊張した均衡関係にある場合にはじめて、ものごとは円滑に進行する。

ものごとの動きを政策的に制御しようとするものは、常にこの点に注目していて、両者のバランスをとることを心がけるべきであり、いずれに傾きすぎてもいけないというのである。 」


と、公文さんは言われているのですが、なるほど、楕円を書く場合には、二つのピンを立てて、それに、糸の輪をかけて、そこに鉛筆を引っ掛けて、ぐるっとまわすとできるんでしたね。
公文さんのいわれるに、大平さんは、その二つのピンに、自由と規律を対峙して置いたというわけですね。

そうすると、自由か規律かの一方が無力化した場合は、楕円の一番膨らんだとこに、鉛筆が来る。

両者が拮抗している場合には、楕円の一番ふくらみの少ないところに来る。

だから、大平さんのいいたかったのは、片っ方のピンが無力化しない、ぎりぎりの均衡点までが、健全な、拮抗力のある社会が形成されるということだったのでしょうね。

この二つのピンに、どのような対立する概念を置くかで、さらに、二つのピンの距離が広い-対立点の幅が大きい-者を置くか否かによって、書ける楕円は違ってきますね。

この二つのことからいろいろなことがいえますね。

たとえば、政界で言えば、自社さ以降は、二つのピンの距離が狭まって、対立するどっちのピンも利かなくなってしまったという状況でしょう。

もっとも、対立が多元化している今は、楕円よりベジェ曲線で考える方が面白いかも知れませんね。

これからは、お遊びになりますが、URLhttp://www.eml.hiroshima-u.ac.jp/member/jrs/nis/javaexampl/bezie.htm は、マウスを使ってベジェ曲線がすぐにできるものですが、ここで、三点なり四点なりの多元的対立軸の落ち着きどころを、この曲線を使ってみてみるのも面白いですね。

それにしても、文中にある次の大平さんのメモは、今の時点においても健在ですね。
脱経済。経済軽視ではない。
確信なき時代−−展望、創造が大切。
文化重視−−生きがい、生活の充実感。
脱イデオロギー−−既成観念から政治を解放する。


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