笹山登生の発言・寸感アラカルト


2002年6月15日

減税か増税かはっきりさせろ。財政再建の被害者はだれなのか、はっきりざせろ。


経済財政諮問会議が固めた経済・財政運営の基本方針(第二弾)最終案(URLhttp://www.yomiuri.co.jp/08/20020613ig90.htm 参照)だが、どうも、奥歯に物が詰まったような言い方で、まことに歯切れが悪い。

中立税制で、現在の減税と、将来の増税を差し引きゼロにするといっても、減税効果発現には、懐妊期間が、税によってそれぞれ違うのだから、何を持ってチャラにするのかということを明確にすることが必要だ。

マクロでのチャラでは、特定所得層に被害だけがあつまってしまうし、産業者対生活者の間での不均衡も発生する。

大体、扶養控除制度の見直しにしても、消費税アップにしても、生活者がその負担の代わりに得るものが、まったく見えていないではないか。

そこのところ-減税で得するもの。増税で損するもの-をわかりやすくしないと、結局は、広く薄くで、なんだかわからないうちにチャラになってしまったということになる。

また、新税については、及ぼすところが、やってみなければわからない面が多々あるので、帳尻合わせの目くらましに使われる恐れもある。

ムーディーズの今回の格下げのご託宣を忠実に守っていけば、ここ中期のマクロとしての税収の増と、歳出の減が究極の目的なのだから、構造改革は、5年程度で歳出の減につながるものだけに限定すればいいのだし、税収増のためには、減税は、5年以内に活性化し、税収増につながりうるものだけに限定すればいいわけだ。

その前提としては、財政再建のために増税となる被害者を確定し、減税が、必ず将来の税収増につながるものであることを、確定する必要がある。

経済財政諮問会議が自家撞着に陥っているのは、「財政再建と構造改革とデフレ阻止」の二兎ならぬ三兎を追っているところからきている。

http://www.sasayama.or.jp/diary/2002may28.htmで紹介した岩村充氏の論からすれば、これはどだい無理な話で、デフレを容認しないのなら、「財源なくして減税なし」は、無理な話である。

逆にいえば、デフレを容認すれば、日本経済全体の緩慢なるスケールダウンによって、財政再建と構造改革の二兎を追うことはできるというわけだ。

この社説http://www.yomiuri.co.jp/08/20020613ig90.htm にも、レーガン税制が賞賛されているが、レーガン税制について日本で(故意に?)見落とされているのは、経済が底にあるときに、しっかりした、キャピタルゲイン課税を、不動産・証券などについて短期・長期に敷いたことだ。

経済が底にあるときしかやれない税制というものもあるという、一つの教訓だ。

でも、日本では、このことについて、ほとんど触れられていない。

なかには、http://www.telerate.co.jp/bnj/zeisei.htm  のように、ちゃんと、レーガン税制の二面性をしっかり把握されているかたもいらっしゃるが、多くの場合は、レーガン税制のいいとこどりといった考えが横行していることは残念である。。

増税の必要性をはっきり言わないから、この連合の意見http://quote.bloomberg.com/fgcgi.cgi?ptitle=title&T=japan_news_story_mof.ht&s=APQmvsyTGjfmQWJhB
のように、ノー天気な意見を言う人がふえてくる。

こんな意見に対し、小泉さんは、これをはっきり、「政府債務がどうなるかわからないとき、とんでもないことです。」と、こたえられなかったのかな?




HOMEへ目次へ

HOME -オピニオン -政策提言 -発言- profile & open - 著書 - 政策行動-図書館-掲示板 -コラム- リンク- 政策まんが