笹山登生の発言・寸感アラカルト


2002年7月14日
山浦玄嗣さんの「聖書の言葉」新説




今日のNHK教育テレビで、医師の山浦玄嗣さんhttp://www.iwate-np.co.jp/bunkataiku/bunka53.html が、聖書を岩手県の方言(ケセン語)で訳してみて気づいたことについて、話されていたのに興味をひかれた。

山浦さんによれば、愛という言葉は、日本では、上から下への意味があって適切でない。

本来は、「人を大切にすること」の意であること、

また「汝の敵を愛せよ」というのは不可能であり、「敵を大事にすること」の意であることなんだという。

実は、私は、山浦さんと同じ高校で、彼は隣のクラスだった。

同じクラスにいたこともある。

しろ、当時、彼は、岩手の中学から東京に出てきたばっかりで、いつだったか、羽織はかまに下駄履きで、登校してきたのには、スマートな東京の仲間達は、かなりびっくりしていたようだ。

当時から、東京の文化何するものぞという意識が、このような行動に現れていたのかも知れない。

こうして、山浦さんは、最後まで東京の空気に染まることなく、再び、医者になるべく、東北大学へと帰っていったのだが、いまや、さらに、このテレビのように、生れ育った地域に土着の根を下ろし、地方文化の高揚につとめておられるらしい。

「他人の足元は、そうは行かないが、自分の足元は、永久に彫りつづけることができる。」と、今日のテレビでも、話されていた。

世界のそれぞれの国なり地域の言葉と文化で、それぞれの聖書を書き上げていけば、また、新たな情報発信がそこから生れてくるような気がした。

伝道師ともいうべきものか?


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