笹山登生の発言・寸感アラカルト


2002年7月13日
永遠のすれ違いの方がいいという長野県民もいたりして。




長野県知事選挙についてですが、知事も県議も、正攻法での、開発か保存かについての議論を避け、結局は、泥仕合に陥っているようですね。

ここで、私の方も、よくのぞかせていただいている、テレビでもちょくちょく登場される、伊藤洋一さんのホームページhttp://www.ycaster.com/diary/index.html の7月7日の日記をご紹介しましょう。

伊藤さんは、諏訪青陵高校のご出身ですから、いわば、ダム問題の地元中の地元のご出身ということになります。

それだけに、週刊金曜日的ではありません。


「両方とも県民が選んでいる。そしてこの組み合わせを選んだ県民に聞くと、「議員なんてこれまで通り選んだわよ....田中さんはもうちょっと考えたけど、面白そうだったので...」という説明が圧倒的だった。つまり、県民は二つの代表を使い分け、県知事には県議会議員にないもの、今までの知事にはないものを求めた。両方欲しかったのです。地味な県議と派手な知事を。県議には着実な、今まで通りの安心できる県政を、しかし知事にはこれまでとは違った、何かワクワクさせてくれるパフォーマンスを求めたと言っても良い。両方欲しかった。そういう、アンビバレント(ambivalent)な心模様の結果としての選択だった。つまり、県民は最初からこの両者の対立を望み、仕組んだのです。悪く言えば欲張った。たった二人の副知事出身者が41年も県知事をしていたという事情もあるかもしれない。しかし、改めて言いますが、この組み合わせを選んだのは県民です。その結果、県政に対する関心は今までのどの時期よりも県内からも、県外からも高くなった。つまり、県民の思惑通りに芝居は進んでいたのです。別の言い方をすれば、県民の心模様の使い分けで生まれた議会と知事は、シナリオ通りの対立劇を演じさせられる環境に置かれた。別の言い方をすれば、知事と、あの知事を押しつけられた県議会は、県民に踊らされていたのです。県民不在どころではない。」


すなわち、伊藤さんに言わせれば、このアンビバレントな組み合わせを選んだ県民の投票行動矛盾が、今の不毛ですれ違いの対立を生んだということですね。

その意味では、長野県民はしたたかといえるかもしれませんね。

すなわち、一時の消臭剤的な働きを田中さんが果たせれば、それでいいという気持ちもなくはないということでしょうか。

その意味では、この両者は永遠にすれ違っていた方が、県民の意図にかなったことになりますね。

ちょっと皮肉な取り方ですが。




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