笹山登生の発言・寸感アラカルト


2002年7月10日 国策に伴い発生した賠償責任について、一律に除斥期間を適用することは、正しいことなのか?

戦時中に強制連行され、広島県加計町の安野(やすの)発電所(左記写真)の建設現場で働かされたとして、中国人男性3人と2遺族が、請負主の西松建設(東京都港区)を相手取り、慰謝料など計2750万円の支払いを求めた>訴訟の判決が昨日(2002年7月9日)、広島地裁であった。

この判決において、不法行為による賠償責任については除斥期間を適用。「加害の悪質性や被害の重大性を根拠に除斥期間の適用の当否を論じるのは、被害者側の心情に流された恣意(しい)的運用を招く。適用を制限する特段の事情は認められない」とした。

これは、今年4月に福岡地裁であった三井鉱山訴訟判決において、強制連行・労働への除斥期間適用を「著しく正義に反する」と制限し、賠償を命じたものと、対照的である。

この三井鉱山訴訟判決においては、「除斥期間制度の適用の結果が,著しく正義,衡平の理念に反し,その適用を制限することが条理にもかなうと認められる場合には,除斥期間の適用を制限することができると解すべきである。」とした。

これに先立つ1997年12月10日の東京地裁における鹿島花岡中国人強制連行損害賠償請求訴訟、いわゆる花岡事件訴訟では、被害者が帰国した1948年を不法行為の終了、即ち起算点とした場合、それより、ゆうに20年は経過しており、「証拠調べをするまでもなく民法上の不法行為に基づく請求は除斥期間の経過によって排斥される」とし、原告の請求を棄却している。

一方、国家賠償法がらみの判決についてみると、昨年の水俣病関西訴訟においては、一部、認定申請が遅れた者に対し、除斥期間の満了(時効)による足キリを行った。

しかし、その後のハンセン病国賠訴訟においては、除斥期間の起算点が新法(「らい予防法」)廃止時(1996年(平成8年)3月27日)であるとの判断を下し、実質40年の損害賠償責任を問うた。

すなわち、ハンセン病国賠訴訟においては、「除斥期間の起算点となる「不法行為の終了」はいつだったのか。」という点に注目し、「違法行為終了時において、人生被害を全体として一体的に評価しなければならないとすれば、それは新法廃止時ではないのか。」との観点に立ったため、民法第724条にさだめる「「不法行為の時」より20年間の除斥期間適用」とはならず、これにより実質40年の損害賠償責任を問うことが可能となったというわけである。

いわば、これらは、いずれも、「やむを得ずも長期化してしまった司法判断の、"時のアセス"問題」ともいうべきものだ。

しかし、考えてみれば、裁判の長期化を招いたのは、いずれの場合も、司法そのものである。

原告側にたってみれば、司法側でのろのろ遅らせておいて、20年もたとうとするころになってから、除斥期間の適用へとあわただしく駆け込まれては、踏んだりけったりの事態なのではないのか。

ましてや、消滅時効については中断があるのに対し、除斥期間には中断がない(民法第147条)。

中断がないということは、除斥期間には、消滅時効と異なり、ペナルティとしての性格を有しないのであるから、その適用にあたっては、時効の成立を認める根拠が、公平・正義の観点からも、より明確であらねばならぬものと思われる。

また、原告側にとってみれば、司法判断の遅延があるにもかかわらず、原告側から時効の中断ができないのであるから、原告が権利を主張するための物理的な時間が、除斥期間の存在によって、著しく制限されるという事情があるということを、司法は斟酌すべきである。

このような点を考えると、この除斥期間の存在は、特に国側を被告にしての国家賠償法関連訴訟において、国側をきわめて有利にしているとも、いえなくもない。

以上のことから、国家的判断の遅延による時間の壁については、除斥期間の適用は避けるべきであると、私は思う。

さらに、除斥期間については、国際間の考え方の違いが顕著になってきていることも、問題である。

たとえば、原子力損害にかかわる賠償責任などについて、1997年、ウイーン条約
改定議定書が発効され、、除斥期間が、これまでの10年から最長30年になるなど、国際標準と、わが国の民法第724条規定の標準との乖離が、生じてきている。

そこで、専門家からは、民法に除斥期間等の特例を設けるべきであるなどの、指摘がある。

ちなみに、 このURLによれば、各国の原子力損害賠償制度における除斥期間の現状は以下のとおりである。

英国 原子力事故の時から30年 独国 同30年 仏国 同10年(但し10年以上経過して生じた被害については、除斥期間経過後5年以内に限り国家補償)米国 特に規定無し(州法適用) スイス 30年

原子力事故にかかわらず、土壌汚染などの環境問題においては、暴露の過程が、緩慢にして、不法行為終了から被害に至るまでの「負を生じるための懐妊期間」が長期化するため、除斥期間20年では、行政の不作為を問うことは、なかなか、むつかしくなる。

ちなみに、このたび成立した、土壌汚染対策法においても、第8条において、汚染の除去等の措置に要した費用の請求については、「当該汚染の除去等の措置を講じ、かつ、その行為をした者を知った時から三年間行わないときは、時効によって消滅する。当該汚染の除去等の措置を講じた時から二十年を経過したときも、同様とする。」として、民法第724条規定に平仄を合わせた「20年の時の壁」を設けているが、これは、訴訟合戦となってしまったアメリカのスーパーファンド法の例に懲りて、時効の概念を明確にした節が、このURLのように見られるが、民民の場合は確かにそうだろうが、国策に伴う土壌汚染のケースなどでは、果たして、どのようなものだろうか。

司法判断の国際標準と国内法の乖離は、本来条約などによって是正されるべきなのだが、残念ながら、この除斥期間についての国際標準化は、いまだ計られていない。

官僚主導型の政治の元では、除斥期間適用の是非など、行政の賠償責任の範囲の拡大を伴う課題について、官僚自らが、積極的に関与するものとは思えない以上、今回の広島地裁判決を機に、今こそ政治主導型で、これら課題に取り組むべき時期だと思うのは、私ばかりであろうか?



HOMEへ目次へ

HOME -オピニオン -政策提言 -発言-profile & open -著書 -政策行動-図書館-掲示板-コラム-リンク-政策まんが