笹山登生の発言・寸感アラカルト


2002年7月5日
ミクロで正しくても、マクロで正しくない。短期で正しくても、長期で正しくない。


現在の日本経済において、人件費が高止まりしていることは問題です。

http://www.sasayama.or.jp/diary/2001dec31.htm
で書きましたように、日本は諸外国に比べて、外国人労働者が少ないわけですから、雇用調整のバッファーとなる手持ちカードを持ち合わせていない。ということに、人件費の比較劣位が続いているのだと思われます。

かつての高度経済成長は、農村よりの低賃金出稼ぎの流入によって果たされましたが、今の農村では、その逆流を受け止めるだけの力を持ち合わせていません。

唯一、ワークシェアが雇用調整の頼りなのですが、これとて、オランダモデルのいいとこどりで、既存の賃金体系を崩す対抗力とはなっていません。

オランダモデルの真髄は、パートタイマーの変形にあるのではなく、夫婦二人して、1.5人分の収入を稼ぎ出し、それで生活しうる社会体系を作り上げることにあったのです。

そのための総合的な施策が計られていく必要があります。

日本においては使われない手法であるレイオフ(URLhttp://www.nri.co.jp/m_word/lay_off.php 参照)の効用を社会的に肯定し、擬似的失業者を、バッファーにするという考えも、この際必要です。

物価が低落傾向にあり、資産価値が現状維持の状態にあるなかで、夫婦二人が1.5人分の収入を稼ぎ出し、暮らしていけるための社会的条件は何か、という、具体的な原単位の元で、あるべき施策を模索していくことが、今必要です。

「合成の誤謬」とは、ミクロでただしいと思ってやったことがもマクロでは正しくないということですね。

政府がオランダモデルの真髄を方向付けないまま、それぞれの企業が、ワークシェアリングのいいとこどりをしているうちに、全国に擬似失業者があふれかえることになるということも、大局観のなき政策決定者の下では、ありうることです。

>投機だけで生活を立て 居る人々と 労働に拠り生活する人々は 社会的・経済的に切り離すべきではないのか>という問題意識については、ムーディーズの報告書の中で、過去にイギリスがデフォルトの状態になったときの、利子生活者とその他国民との格差についてふれられていましたね。

経済が底にあるときほど、これからキャピタルゲインが利子生活者と資産保有者には、発生しやすい状況にあるのですから、ここでキャピタルゲイン課税についてのしっかりしたスタンスを政府は持つべきでしょうね。

レーガン税制の減税部分にのみ注目するのでなく、隠された増税部分に学ぶべきということです。

所有と経営の分離したところほど無責任というのは、日本の株式会社制度の未熟さが、そのままでてしまった欠陥ですね。

所有と経営の分離していない中小企業の方が、責任感があるというのは、皮肉なことです。

日本の株式会社って一体なんだったの?って、一度、問い直す必要がありますね。

日本の中小企業は、これもまた、地価の上昇があって初めて成り立っている部分が多いと思います。

地価の上昇が、企業の与信能力をこれまで高めてきた、これが、この地価低迷の中で、どう承継者に承継されていくのか、リスキーな貸し出しをしない金融機関からの与信はどうなっていくのか、政治はまだその答えを出していないような気がします。



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