笹山登生の発言・寸感アラカルト


2001年1月29日 雪印食品問題を、一私企業の問題として矮小化してはならない。−狂牛病汚染肉のトレーサビリティ・システム構築を −

難しい牛肉のトレース・バック

国の牛肉在庫緊急保管対策事業を悪用したとされる今回の雪印食品の問題は、狂牛病の肉を、消費者サイドから生産者サイドに遡り、原因追求(これをトレーサビリティという。)していく場合、これが、いかに困難であるかと言うことを、反面、示していることを、忘れてはならない。

食品のトレースバックシステムの中でも、この牛肉については、システム構築が難しいいくつかの問題がある。

生産者段階の生牛が、消費者段階での精肉になるまでには、生牛がと畜され、と体となり、枝肉となり、それが格付けされ、セリにかけられ、卸売り業者にわたる

ここからが、今回の雪印食品の領域の問題である。

卸売り段階では、枝肉は、正肉から部分肉となり、一部では、最終段階の精肉にまでなる。

一方、輸入肉については、部分肉の形態で、チルド(冷蔵)またはフローズン(冷凍)のいずれかの形態で輸入され、それが市場外取り引き等のかたちで、今回の雪印のような、卸売り・小売り業者の手にわたる。

これらの流通経路を精肉段階からトレースする場合、いくつかのネックがある。


「ミート・ロンダリング」をまねいた、ずさんなスキーム

第一は、生体からと体、と体から枝肉、枝肉から部分肉にいたる段階でのトレースの分断である。今回の事件で、買い取り制度の証明として、と畜証明書が、と体1体につき、一つしか発行されえず、その後の処理過程における枝肉や部分肉段階での細分化された証明書の発行が困難であるとの理由で、部分肉後の「箱詰め未開封」牛肉についての、営業倉庫の発行する『在庫証明書』にかえたとされるが、それが、完全に裏目に悪用された。悪意を持った業者にとってみれば、まさに「箱詰め未開封」の条件を逆手にとれは、錬金にはもってこいのスキームで、かれらにとってみれば、この牛肉在庫緊急保管対策事業のスキームは、いわば「ザル・スキーム」であったわけである。「マネー・ロンダリング」ならぬ「ミート・ロンダリング」が、このスキームを悪用し、おこなわれたというわけだ。
もはや、段ボール・ラベルでの枝肉ナンバーの確認では、今回の一件で、信用あるトレーサビリティは確保できなくなってしまった。
こうなれば、有効なのは、商品個体ベースでの管理しかない。 

個体情報とリンクした、全流通段階のバーコード化

では、どうしたら良いのか。枝肉段階では重量情報のバーコード化がされているのであるから、これを、枝肉の流通段階の前段階のと体段階では、現在実施が予算化されている生体牛の総背番号制のコード−家畜個体識別システム−と、つなげ、流通共通の基体コード管理をはかり、さらに、枝肉の流通段階の後段階の部分肉段階では、産地情報も含めたバーコード管理をおこなうことが必要である。(参考)「いわて牛の生産履歴情報システム」 アメリカの個体識別システム−その一 その二 カナダの個体識別システム−その一 その二 オーストラリアの個体識別システムその一 その二 フランスの個体識別システムその一 その二  デンマークの個体識別システム オランダの個体識別システム
 

 

こうして、産地情報と品質管理情報・流通情報を包括した「生体個体・と体個体・枝肉個体・部分肉個体・精肉パック個体の連携したバーコード化」を実現することによって、いかなる流通段階でも、共通の個体識別情報がついてまわることによって、偽造されても、その因果関係がつじつまあわないことがわかるようなバーコード化がこの際必要なのである。

 

このURLにしめすのは、 フランスのVBF (Viande Bovine Francaise) という【狂牛病】安全ラベルにおけるバーコード情報内容である。

このラベルから読み取れる個別情報は、次の通りである。

必須記載事項−と畜・解体場所名と国名、部位名、処理日、価格、健康証明印、
バッチナンバー

任意記載事項-生育地、と畜地、カテゴリー(雄牛・牝牛・子牛)、肉牛・乳牛の区


このように、このラベルひとつに、あらゆる情報が詰め込まれていることが、よく分かる。

なお、フランスでは、1997年1月より、従来のVBFに加え、CQCという品質保証マークも設けた。(VBFやCQCについての参考資料 その一 その二 その三 その四 その五)

 

生鮮食品バーコード化の問題点

もちろん、生鮮食料品のバーコード化には、いくつか課題がある。 そのひとつは、八百屋さん・肉屋さん・魚屋さんなど、零細生鮮食料品店の業態が、システム化になじまないという点である。

精肉にしても、末端零細小売店では、量り売りが主流であって、パック化されていない現状や、レジの設置さえもないような店も現実にあるのだから、パック化を前提としたバーコード管理などは、まず、難しい。

また、価格情報については、「終業まじかになるにつれ、安くする。」といったように、営業時間帯内における、その都度その都度の店主の勘によって、単価を 変えているわけだから、スーパーのような、電子棚札システムによるリアルタイムでの価格情報の付け替えなどは無理な話である。しかし、最終小売段階での、仕入れの荷姿・形態で、何らかの形で、バーコード管理ができさえすれば、これらの問題は、無視して良いものである。

わたくし自身も、農林水産政務次官時代から、この生鮮食料品のバーコード化問題に関心をもっていたが、ようやく「食品履歴情報システム」が、予算化されたものの、現場では、今だ、遅々として進まないのが現状である。 むしろ、農林水産省は、今回の事件を教訓に、この流通段階での一層のシステム化を前倒しし、実施することに、意をもちいるべきである。

BSE情報も含めた国際標準化への取り組みの必要性

第二は、食肉の商品コード/EDIの標準化についての、国際標準化への取り組みである。(ここも参照)

第一でのべたことは、国産牛肉に関することであって、輸入牛肉については、部分肉の段階から、国内流通過程にはいってくる。
精肉段階では、国産肉、輸入肉あいみだれ流通されるわけであるから、消費者サイドが、流通を精肉の段階からトレースする場合、必要となってくるのは、規格やコードの国際標準化である。この際、ネックとなるのは、国産肉と輸入肉との流通形態の違いである。

輸入肉の規格が統一されているのに対し、国産肉については、日本特有の異種部位のセット販売という、慣行がある。さらに、セットとパーツの比率の調整によって、部位の需給バランスに応じた部位別コントロール(パーツ・コントロール)を行っている。このような事情から、日本の部分肉は規格が多様かつ、「セットばらし」や、「不定貫商品」などによって、流通過程の途中から、形態が異なってしまう場合もおおい。ここに、内外規格の統一化をどうやって図るかが、問題となってくる。

これらの整合化を図った上で、今後、EUで導入を進めている牛・豚の出生管理システムとそれに関連したEAN協会の標準バーコードラベルのシステムに連結しうる、日本側のシステム構築が必要である。ちなみに、オーストラリアでは、第一段階で、EANシステムをトレーサビリティ・システムにつなげ、第二段階で、オーストラリアの個体識別システムである NLISにつなごうとしている。(参考 オーストラリアのEANバーコード規格とBSEトレーサビリティーをリンクさせる試み その二 その三 その四) 日本においても、国産肉と輸入肉とを、まず、部分肉段階で、国際標準に合わせた規格標準にし、それを基準にして、国産肉については、それからさかのぼり、枝肉段階、と体段階・生体段階での情報化につなげることによって、BSE情報も含めた牛肉流通全段階にわたる国際標準による情報化が実現できることになる。(参考 食肉へのEAN128適用例 その二 その三 その四 )

また、現在、流通市場においては、バーコードに変わりうるRFID(Radio Frequency Identification)(非接触ラベルによる商品管理)が模索されているが、現在のネックは、一枚100円前後するスマート・ラベルの高いコストである。

しかし、このラベルの低コスト化が実現すれば、旧来のバーコードに変わりうる、有力な商品管理のツールができることになる。
なお、ここでは、ドイツでの牛の生体管理にRFID技術を応用した例をhttp://www.infineon.jp/news/press/p0201026.htm に掲げておく。
食品品質安全管理には、当然、このRFIDの技術導入も視野に入れておくべきである。

なお、現在検討されている「生鮮食料品取り引き電子化基盤開発事業」において、盛り込まれようとしている情報は、食肉に関していえば、「態様、品種、性別、月齢、等級、飼養、原産地、ブランド、工場番号、キリング、階級(サイズ)」であり、今後、これに、BSE対策に必要な国際標準にもとずく安全情報項目を、付加することを検討しなければなららない。

 

ちなみに、欧州連合(EU)においては、議決820/97にもとずき、牛肉の原産地証明について域内統一規定を2段階で、導入・施行している。(議決820/97についてその一 その二  その三 Meat Supply Chain Project (MSCP)およびMeat Supply Chain Task Force (MSCTF)について  日本のJASの諸外国状況報告  スキームの詳細

すなわち、第1段階として、牛肉の最終原産地の表示義務を導入し、ラベルには屠殺業者の認可番号が記されることにより、販売されている牛肉がどの産出地から来たかを特定できるようになる。

さらに、第2段階では、小売販売される牛肉は、その牛の出生地、飼育地および屠殺地がすべて明記される。

スーパー・サイドの自衛策としてのDNA鑑定牛肉への支援

第三は、スーパーによる精肉段階でのDNA鑑定によるトレーサビリティーの確保への支援である。イギリスのあるスーパーでは、消費者の牛肉への信頼回復のために、このような試みをスイスの研究者と協力し始めたが、このように牛肉不信が高まれば、日本においても、スーパーサイドでのこのような取り組みが本格化するであろうし、その取り組みのための支援措置も、国として必要となるのではなかろうか。

参考 ANUGAのDNAトレースバックシステム  その2  その3  北海道の

DNA鑑定個体照合システム

 

これを契機に、流通のシステム化を前倒しすべし

           

以上に見たように、今回の問題は、単に雪印食品の問題なのではなく、また、単に、狂牛病の問題なのではなく、消費者サイドから見て、牛肉のトレーサビリティができにくい現状のシステムを悪用した、狂牛病発生以前からやっていたかもしれない事件である。

いわば、かねてから急がれていた農林水産省の生鮮食料品取り引き情報システムの不備と遅れ、それに加え、今回の拙速かつずさんな牛肉在庫緊急保管対策事業のスキームが、さらに業界の悪を呼び込んだともいえる。

すなわち、今回の事件の間接的責任の一端は、農林水産省にあるともいえるのである。

今回の事件を教訓にして、農林水産省は、これを一私企業の問題としてかたずけるのではなく、その点の未整備を反省し、システム整備に取り組むことが先決である。


追記1.    

「食品衛生調査会における狂牛病のトレーサビリティに関する審議はどうだったのか。厚生労働省の責任はないのか。」についての若干の付記(2002/02/07記)


狂牛病の責任問題に関して、農林水産大臣ばかりがやり玉に上がっていますけれど、「食肉の生産から食卓までの安全性を確保する」というトレーサビリティーの確保を、これまで怠ってきたという点では、厚生労働大臣も責任があるのではないでしょうか。

ここで、 このトレーサビリティーのあり方を審議する食品衛生調査会の狂牛病に関する動きを、順を追ってみてみますと、次のようになります。

平成8年4月11日、この年の3月25.26両日に EUの常設獣医委員会で英国産の牛肉加工品などの輸入禁止措置が採択されたことを受けて、 食品調査会常任委員会・乳肉水産食品部会が開かれました。

この時の議題は、WHOの狂牛病に関する公衆衛生 専門家会議の報告と、狂牛病に関する食品衛生上の対策についてでした。

席上、狂牛病のサーベイランスについての論議があり、サーベイランスの直接の所管は農林水産省ではあるが、食品衛生の立場でできることのひとつに、と畜場において食肉検査で発見された場合の報告システムの整備を行う必要性が、事務局から問題提起されました。

これを受けて、厚生大臣への建議の中には、狂牛病汚染輸入牛肉加工品などが食されることのないような適切な措置をとることの必要性と、狂牛病の人への伝達の可能性、食肉からの病原体の検出方法についての調査研究の必要性がもりこまれました。

平成8年6月28日、牛海綿状脳症等に関する食品衛生調査会がひらかれ、ここでは、4月11日開催の食品衛生調査会の審議概要と、その後厚生省がとった対策などについての報告がありました。

具体的には、5月14日からひらかれたWHO専門家会議および5月31日からひらかれたEU科学者会議の報告と、各国の狂牛病対策の現状などです。

さらに、 輸出禁止解除されたゼラチンの安全性については、食品衛生調査会・乳肉水産食品部会で、ひきつづき、慎重に審議する必要があると、されました。

平成10年6月11日に、食品衛生調査会常任委員会において、「今後の食品保健行政の進め方について」との分厚い報告書がまとまりましたが、そのなかで、「生産から食卓までの衛生管理およびその役割分担」「生産から食卓までの全過程における食中毒予防対策の推進−(3)と畜場、食鳥処理場などにおける対策」等において、O-157やサルモネラ菌などについてのトレーサビリティの必要性は、書き込まれましたが、狂牛病のトレーサビリティについては、一言も書き込まれませんでした。

平成10年8月4日に、食品衛生調査会総会が開かれ、狂牛病については、「狂牛病に関しては、平成8年に問題になって、食品調査会でご検討をいただき、今後さらに、イギリスなどの状態を踏まえながら、必要な対策については、ご審議いただければとおもっております。」との、事務局からの簡単な報告があったのみです。

では、その「今後、さらに」 なのですが、 その後10数回の総会や常任委員会が開かれましたが、今日まで、狂牛病のトレーサビリティについて、狂牛病の狂の字すら、記録にのこることはありませんでした。

特記すべきは、平成11年8月31日に、輸入肉の衛生基準をクリアするために、「屠殺、解体、脱羽、内臓摘出、分割、細切などの処理または製造が、我が国と同等以上の基準にもとずき、衛生的におこなわれた旨の、輸出国の政府機関によって発行された証明書がないと、日本国内販売用の肉の輸入はできない。」との、食品衛生法施行規則第2条3第7号の改正案を審議する、乳肉水産食品部会が開かれたのですが、ここでの審議においても、国内での狂牛病発生を想定した狂牛病のトレーサビリティについての審議は、何もなかったのです。

そして、日本に狂牛病発生後の昨年10月2日に開かれた「牛肉をおおいに食べる会」 なる会に、厚生労働大臣は、農林水産大臣とともに出席され、大口をあけられて、 牛肉を食する映像が、CNNなどのインターネット映像を通じ、世界に配信されました。

たとえば、この記事のように。

>>Then Takebe motions to a fellow Cabinet member, Health Minister Chikara Sakaguchi, and announces: "He is a doctor, and he is going to eat it. So see, there are absolutely no problems with Japan's beef!" Sakaguchi dutifully chews and swallows. "Ah, I see now the beef is safe," he proclaims. "It's been sucked into my stomach, and I know for sure it is safe.">>

私は、食をあずかる責任者が、このような、食肉の安全性を、原因もわからぬ内に肯定するがごとき会に、迂闊にも出席された責任は、むしろ、農林水産大臣以上に、責められるべき行為だったと思います。

今回の雪印食品問題は、煎じ詰めれば、「食肉の安全性を消費者が確かめられない」というトレーサビリティの欠陥を逆に利用された、構造上の問題だと思っています。 

狂牛病問題にかんして、もし農林水産大臣の責任を問うのであれば、厚生労働大臣の責任も、同等に問われるべきものでしょう。            

 追記2.「いわて牛生産履歴情報システム」(TBC)について
岩手県単位で、システム開発をされたご努力には敬意を表するが、いくつかの問題点もある。

第一はhttp://www.pref.iwate.jp/~tbc/1301_1400/1370.htmlの通り、一応部分肉製造年月日の記入欄はあるが、実際上は、枝肉ベースまでのトレーサビリティ確保である。

これを部分肉ベースでのトレーサビリティまで有効に機能させるためには、このような手書きベースの原初的システムでこなせるものかどうか、おおいに疑問である。

第二は、インターネット上での応答で、安全性を識別する消費者が、はたして何人いるのだろうか。しかも、ある程度の時間ロスのもとにおいて。

やはり、バーコード化と連動しないことには、大量リアルタイム処理は不可能なのではないのだろうか。

この点については、北海道で試行が検討されているシステムに期待したい。

第三は、こうして、ご当地それぞれの識別システムが稼働する前に、輸入肉を含めたコードの全国共通化を急がないと、まずいのではないのだろうか。

このシステムは、岩手県内での、しかも他県ものの比率が少ない店舗では通用するが、いろいろな産地と規格が入り乱れる他県店舗では、ほとんど通用できないのではなかろうか。

第四は、表示違反に対する検証システム−コード間の矛盾排除システム(たとえば、個体識別番号ごとの部分肉ベースの集計が、標準的な部分肉歩留り率を大きく乖離することが立証できるような、表示違反防止システム)が、同時にサブシステムとして用意されていなければ、今回の偽装ラベル付け替えへの消費者疑惑を乗り切ることはできないのではなかろうか。 
    

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