笹山登生の発言・寸感アラカルト


2001年11月19日 知事自ら矢面に立たされる住民投票の投票率に置き換えてみると。

ある県の知事さんが、県議補選について、記者会見で、「そんなに定数は必要ないのではないのかという有権者の気持ちが、低投票率につながった。」との趣旨のコメントを出した。

これを、知事自らが矢面に立たされる住民投票の低投票率に置き換えてみると、どのような見解になるのだろう。

吉野川可動堰の住民投票では、「50%条項」。投票率が50%に達しなければ開票もせず投票用紙も焼却してしまうというこの条項は、投票率55パーセントで、無意味のものとなった。

静岡空港建設をめぐっての住民投票について、当初石川知事さんは、いかに低投票率であっても、住民投票の結果は尊重するとのコメントを出していたが、その後、低投票率制限知事付帯意見つきとなり、9月21日に住民投票条例案は否決された。

冒頭の県議補選の低投票率にコメントした知事さんがいわんとすることを住民投票に当てはめていえば、「ある問題を住民投票の対象とすること自体が間違っていたという意識が有権者にあったから、低投票率になってしまった。」と、実質いっているに等しいことになってしまう。為政者たるもの、あらゆる言動を、自らの立場に置き換え、しなければならないということか。私自身も教訓とすべきケースである。

故松村謙三先生が「一輪咲いても花は花」といわれたような、小粋なコメントは出来なかったものか。


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