笹山登生の発言・寸感アラカルト


2001年11月13日 「狂牛」とは、文明・文化へのアイロニーの化身

今朝の新聞を見ていたら、ある党の代表が、「「狂」という言葉は日本では禁止されている。人間にだめなものを使うのは、牛の権利を侵害している。」とのご発言。確かに、狂という文字は放送禁止用語にはなっているが、それにしても、なんと浅薄な解釈よ。これでは、狂牛病になった牛は浮かばれまい。では、狂言の「狂」はどうなのよ。といいたい。

狂言の「狂」という言葉には、 http://www.iz2.or.jp/fukusyoku/kosode/29new.htm

にある通り、笑いに紛らわせた、権力に対する庶民のレジスタンスやアイロニーが潜んでいる。笑いに紛らわせた権力批判が、この狂という言葉に潜んでいるのだ。狂牛病をおこしたのは、草食動物が動物性飼料を食べさせられたことによる、自然の摂理の反乱である。

いわば、「狂牛」とは、現代文明・文化へのアイロニーの化身なのである。

「狂牛病」という言葉を使うことが、まさに、人間が自然の摂理に対し侵した責を贖罪しうるすべとなるのだ。

 



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