笹山登生の発言・寸感アラカルト


2001年6月23日 オープンソースで共同知のレベルを高め、地球公共財を育てる



IBMがオープンソース化を目指しているということで、オープンソース化に反対しているマイクロソフトと対比させたオープンソース化是非論争が、このところWeb上でも活発になっている様です。 http://www.hotwired.co.jp/news/news/20000821303.html

オープンソースとは、たとえば、LINUXが自分のソフトを公開し、そのソフトに自由に改変することによって、どんどんソフト自体が進化していったというようなことです。

オープンソース反対論者の根拠として、1.ソースをオープンしてしまえば、換金回路がなくなってしまうではないか、2.ソースをオープンしてしまえば、人口のおおい国の開発力が力を持ち過ぎ、日本のような小国では、限られた開発力しかもち得ず駆逐されてしまうというものがあるようです。

オープンソースによる効果があるとすれば、金銭なり立場なりにかかわらない共同知のレベルなり量なり範囲なりが広げ高められることで、地球公共財としての情報データベースがより多くの人と範囲と観点から検証され、そのことで情報の質と公平さが高まりうるということなのでしょう。

特に環境問題の場合には、地球公共財の蓄積という観点から、世界の知を、多くの人材により、多角的にそしてスピーディーに結集するという意味で、オープンソースによる共同知の育成がぜひとも必要であると、私はかんがえます。

オープンソース共通の問題は、知的所有権の対価を所有者が得られないということです。

しかし、地球公共財が育成されるのであれば、知的所有権の権利確保は、フェアユースの観点から、劣後してもいいのではないかとさえ、私は考えています。

そもそもオープンソースにするということは、知的所有権の放棄を所有者が決断したということですから、もし必要ならば、過渡的には、その放棄の対価となりうる何らかの換金回路としてのインセンティブを社会的に用意すればいいのではないかと考えます。

いわば、ボランティア経済における地域通貨にあたると同様な、「知的所有権対価通貨」ともいうべきものの、スキームの用意です。

今後、あらゆる世界において、このオープンソースの功罪は、問い直されるでしょう。

言論の世界も例外ではありません。

言論の世界における換金回路は、既成のジャーナリズムへの寄稿なり出演による原稿料なりギャラなのですが、同じ言論者がWeb 上で換金回路を築くとすれば、会員制のマガジンなどの方法しかありません。

ですから、いきおい、著明な論説者程、そのWeb上では、自分の本の宣伝のみにスペースを費やしてしまうといったことになるのです。

でも、このようなことは、発言母体がアナログからデジタルにかわる過渡期の現象であるとしか、私には、おもえないのです。

換金回路を犠牲にしてまでも、Web上で発言する新論説者の到来が、いつの間にか、従来のアナログ型論説者の地位をおびやかしているように、私にはおもえるのです。

「無私無欲の言論の結実が、世界平和という地球公共財の育成に寄与しうる」、そのような可能性を信じたいものです。





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