笹山登生の発言・寸感アラカルト


2001年6月8日 物価が下がることは、はたして、悪いことなのだろうか?


近くに、イタリア料理外食レストランが出来たので、早速試食に。

あっと驚いたのが、低価格。
目玉メニューのドリアにいたっては、290円、それに飲み放題のドリンクサービスをつけても、合計493円。

良質低コストの秘密はと聞けば、原材料の開発輸入 http://www.saizeriya.co.jp/comain2.html とのこと。

なんだ、これは、例の野菜輸入などのセーフガード発動の元凶ではないか。とおもったのは、一瞬のことで、すぐに値段に目ざとい消費者にかわってしまっていた。

ところで、数年前にはやった「良いデフレ論・悪いデフレ論」http://www.ytv.co.jp/wakeup/topics/topics0102/topics010224.htmlが再び活発となってきた。

http://www.ytv.co.jp/wakeup/topics/topics0102/g010224/gf010224.html の図のように、「悪いデフレ」とは、物価の下落が企業の業績不振を招き、それが雇用の減少・消費の減少をまねき、それが更なるスパイラルとなるとともに、借入金の相対的な重圧が増し、設備投資への意欲がいっそう衰え、恐慌への一途をたどるというものである。

一方「良いデフレ」というのは、いわゆるユニクロ・デフレ、マック・デフレ、吉野家・デフレ等と呼ばれているもので、http://www.tanutanu.net/economy/econ189.htmにあるように、企業によってそれぞれ要因の違いはあるものの、総じて、物流の合理化、IT化、自由貿易メリット利用、などによって、低価格路線が消費者に歓迎され、物価下落が消費の伸びにつながり、好循環に向かっている現象をいう。

先月5月31日毎日新聞夕刊3面で、野口悠紀雄さんが「"物価下落は悪"に異議あり」との一文を掲載した。

氏の言われるに、物価下落を評価するポジションとして、
1.供給者と消費者との違い
2.伝統的な供給者と新しい供給者の違い 
があるとし、その構成のいびつさによって、物価下落が悪であるとの認識が、日本では強く反映されがちであるとしている。

その上で氏は、いまの物価下落現象を、世界水準に比べ異常に高い物価水準の日本が、国際水準にちかづいている過程での現象であるとしている。

そこで、物価下落を一律に悪としてとらえるのではなく、それを積極的に評価し、うけ入れていくことが必要であるとしている。

しかし、野口氏にしても、具体的な方策を、その先、示しているわけではない。

「市場主義に任せた適者生存論」を展開しているが、抽象的であり、そのための生産・流通・市場・労働各段階における新しいパラダイム作りにまで言及してはいない。


一方、6月14日の日経新聞の19面のコラムに「デフレの限界」との題で、典型的な「悪いデフレ論」にたった興味ある時間的シミュレーションを展開している。

それによれば、1930年代の世界恐慌を解明したポール・アインツィヒ の 「ワールドファイナンス1914-1935」の論拠を、日本経済の今後にシミュレートしてみると、次のようになるという。

第一段階 従来型の政策不成功  
第二段階 「良いデフレ論」支持、強力なデフレ策発動 
第三段階 デフレスパイラル発生、倒産失業増加、「良いデフレ論」の論理崩壊、財政状況悪化、為替相場急落、金利上昇、公債消化困難、 
第四段階 公債消化に中央銀行乗り出す。流動性大幅是正、金融面の収縮作用是正、デフレ局面からついにリフレ局面に転換。 

どうも、ここでの結論は、財政法第5条の「公債の日銀引き受け禁止」解除待望論のようである。。 
ちなみに、国債発行”に関して、財政法第5条は、原則的に“日銀引受け”を禁止する「市中消化の原則」を明記しているが、「借換債」(政府に国債の整理または償還のための起債を認める国債整理基金特別会計法第5条に基づき発行される国債)については、“日銀の保有する満期到来債の借換えに必要な金額を限度”として、日銀引受けが、例外的に認められている。

こうしてみると、「良いデフレ論」「悪いデフレ論」のここでの結論は、一部禁じ手に近い、いずれも、やや乱暴なものであるようにおもわれる。

こうしてみると、どうも今のデフレ論というものは、ミクロ・マクロの概念がごっちゃになって論議が進んでいるようにもみえる。

たとえば、物価指数に織り込まれている価格の下落率と、不動産価格・株式価格などの物価指数に織り込まれていない価格の下落率を足すと、この10年60パーセントほどの下落率ではないかという説もある。

その意味からすれば、デフレ現象は、今に始まったことではなく、いまやその渦中に日本経済はあるといっていい。

これは、単なる値下がりというデフレ現象なのではなく、国力衰退を意味する価格下落ということになるのだろう。

この意味でのデフレ現象に焦点をあてれば、東アジアの工業化が日本の相対的な国力低下を招いている結果であり、だとすれば、単に金融政策で貨幣供給量を操作しても、何にもならならない。

このことこそ、野口さんがいわれるような、いわば国際的価格水準に日本の価格構造が近ずく過程であると見、それに応じた産業界・特に流通業界の構造改革を図っていかなくてはならない。

そこで提案なのだが、これらのマクロ・ミクロのデフレ現象の位置付けをした上で、物価下落を招きつつも、デフレスパイラルを起こさないというような、虫のいい方策はないものだろうか。

私は、物価下落が、デフレスパイラルから隔離しうる「シールド政策」なるものは展開できないものかとおもっている。

シールドとは、文字通り、有益・有害両方の側面を持つものから、有害なものだけを遮蔽し、有益なもののみを生かすということである。

放射線のシールドなどの例を思い起こしていただければ、ぴったりだろう。

あるいは、ドミノでつかうストッパーなるものを想像されてもよい。

セーフティーネット策も、一部そのような役割を果たす場合が多いだろう。

いわば、飛行機の高度を下げつつ、安定軌道を保つための政策の知恵が、いまとわれているのだ。

そのためには、次のような観点にたった政策展開が必要なのではないのか。

第一は、「デフレ害悪論」から脱し、良いデフレを伸ばすためのデフレ・エリートを、市場にどんどんつくりあげること。

これは、高度成長期とは違った、デフレ成功神話の主役達をつくりだすことだ。

繊維業界、食品業界に限らず、IT化、自由貿易、流通合理化を駆使した成功神話を一業界ごとにつくりだすのである。

第二は、生産・消費・労働・流通市場のタイムシェアリング化と、「範囲の経済」への転換である。

満員電車にいまの日本経済を例えれば、「困ったときは、もう少しおつめになって」ということで、時間的にも空間的にも隙間をうずめれば、かなりの隙間の総量は確保できるのである。

これを密度の経済という人もいる。

例えば、労働市場についていえば、ようやく日本もオランダ・モデルの適用をはじめたが、パート化の比重を高めることによって、労働市場のパイは、かなり増えるものとみこまれている。

又、生産・消費・流通の分野においても、これまで経済界を支配してきた「規模の利益」の神話から脱し、「範囲の経済」「連携の経済」「ネットワークの経済」「時間の経済」「ニッチの経済」に転換することによって、それぞれ同士のミスマッチがかなり減少するはずである。

世界に名高い「トヨタかんばん方式」は、「規模の利益」の元に、大量生産ラインで行われてきたが、これを「範囲の経済」における「トヨタかんばん方式」にきりかえることによって、ニッチの領域が拡大し、総量としては、いずれの分野も拡大できる。

第三は、物価下落と、国と民間含めた債務デフレとの連動(物価は下がるが、既往借入金債務の相対的負担は上昇する。)阻止のためのシールド政策としてなにがあるのかを探り、確立することである。

これには、既往債務を一定の割合で分割し、一部の債務について、実質でデフレートしうる対策がとられれば、とおもっている。

ファクタリングの考えで、一定の掛け目の元に、債権回収しうる方策によって、物価切り下げと連動しないシールド策を何らかの格好で講じるというものである。

これは、公庫資金などの財政投融資原資貸出金の既往金利の変更や、遅延利息(日歩4銭)の改変などのタブー分野、あるいは有担保比率の見直しにも踏み込んだものとすべきである。

第四は、国民年金生活者をミニマムとした生活物価原単位の確定と、それにもとずく諸策の用意である。

一人暮らしのお年寄りが、国民年金の月6−7万円で暮らせるための社会条件はなにか、そのために、それぞれの物価をどれだけ下げたらよいのか、年寄りが生涯ランニングコストなしに住める住いなど、そのための基礎インフラ整備は何が必要か、等の観点に立った、日本経済総点検、一大国民運動の展開が、この際必要なのではないのだろうか。

例えば、ここにある http://www.page.sannet.ne.jp/iihatobo/dennti/cojene1.htmlのは、究極の低ランニングコスト型住宅の開発である。

このインフラ整備をすれば、うまくいけば、将来年寄りは、自力で、生涯、年金でくらせることになるのだが。

このような、インフラとしての生活の低コスト化ということも、視野に入れる時代に入ってきているのではなかろうか。

第五は、流通機構とIT化整備の立ち遅れで、中小小売業のみが、物価低落のあおりをまともに受けないようにするためのシールド政策として、何が必要なのかについての諸策の用意である。

グローバルスタンダードでは生き残れないこれらのかたがたに、国として、積極的にニッチ市場拡大の諸策を用意すべき時にきている。

第六は、脱市場化のための要件整備である。
地域通貨によって、新しい意味での二重経済を模索する動きや、ボランティア経済の進捗を助長させる政策が、この際有効となる。

第七は、融資の硬直性の改善である。
貸し出し金利というものは、ゼロ以下には下がらない。
それでも貸出先がない、借り手がいないという現状の改善のためには、プレミアムつき融資−たとえば、ストック・オプション制度の顧客版ということで、融資額のうちの一定割合を融資銀行の株式購入にあて、融資顧客も、あわよくば、キャピタルゲインをえられる。−などのシステムをくむことによって、実質、ゼロ金利以上のメリットを顧客に当て、また金融機関も、自己資本増強につながるということは、できないものか。
まさに、キャッシュバックやポイントカードの銀行版であり、融資分の一部を引き当てた、銀行と顧客との持ち合い株の実現である。


以上に見たように、過渡的ではあっても、悪いデフレから良いデフレにパラダイムシフトするためには、デフレのためのビッグプッシュ政策ともいうべきものが必要となるのではなかろうか。

少なくとも、このことによって物価が下がっても消費が増えない現状を切り崩す力はもちえるのではないのか。



後記

上記に書いたポール・アインツィヒ の 「ワールドファイナンス1914-1935」とは、正確には、以下のように、年代ごとに6分冊に分かれている。

Paul Einzig (1931). The World Economic Crisis, 1929-1931. (London, UK: Macmillan, 165 p.). Economic history--1918-1945.

--- (1935). World Finance, 1914-1935. (New York, NY: Macmillan, 382 p.). Economic conditions--1918-; Currency question; World War, 1914-1918--Finance; Economic history--1918-1945.

--- (1937). World Finance, 1935-1937. (New York, NY: Macmillan, 342 p.). Economic history--1918-1945; Currency question.

--- (1938). World Finance, 1937-1938. (London, UK: K. Paul, Trench, Trubner & Co., ltd., 336 p.). Economic history--1918-1945; Currency question; Finance; Gold.

--- (1939). World Finance, 1938-1939. (London, UK: K. Paul, Trench, Trubner & co., ltd., 307 p.). Economic conditions--1918-; Currency question; Europe--Politics and government--1938-.

--- (1940). World Finance, 1939-1940. (London, UK: K. Paul, Trench, Trubner & co., ltd., 271 p.). Economic conditions--1918-; Currency question; European war, 1939-1945--Finance; Europe--Politics--1938-.







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