笹山登生の発言・寸感アラカルト


2000年1月4日 付加価値型市民農園の提案

(掲示板から)



インターネットで市民農園の生育状況を監視できる市民農園


あるかたから、NHKで、「インターネットで市民農園の生育状況を監視できる市民農園」が紹介されたようだがとの,問い合わせがありましたので,次のように答えておきました。
 

「NHKで放映されたのは,多分「八ヶ岳あおぞら農園」のことではないでしょうか。

もっとも,このような例は,そんなめずらしいことではなく、すでに,坊主山クラインガルテン倶楽部()(いずれも、私の「田園リンク」の中の「日本の市民農園リンク」でリンク済み)でも,地図の上の、自分の区画の番号をクリックすれば,自分の畑の状況がわかるようになっています。

定位置カメラで、コントロールバーを動かし、動画で見られるようになれば、最高でしょうね。」

新しいニューメディアの活用方法だと思います。




市民農園の立地条件によって,評価は異なるでしょう。 (本来、農作業というものは、カメラでのぞくのではなく、作物に人間が触れ合うことに、意義があるのでは−−−とのご意見にたいして)


私も、市民農園の振興に,ずっとたずさわってきましたが、その市民農園がどこにあるかによって,その運用形態にも、かなりの差が出てくるのは,仕方がないことだと思っておりす。

理想的には,ドイツのクラインガルテンのように,都心のど真中に畑があって、契約者が、毎日,勤務の後先に、畑をのぞける,また生育状況を確認できる,さらに手入れが出来,近隣の契約者との団欒やコミュニティが出来る,というものでしょう。

現実的には,かなり立地条件のよい東京都内でも,契約者の中には,ずさんな方もいて,契約しても,あとはほっぽらかしという、問題契約者もいるというのも事実です。

ましてや,この八ヶ岳あおぞら農園は、いわばリゾート型市民農園ですから、ここの掲示板をのぞくと,「正月は湯河原で温泉につかったあと、車をまわして、この畑をのぞきにこようかな。」などという、広域的な方がほとんどなのではないでしょうか。

ですから,この市民農園は、例えは悪いですが,たまに、お墓参りにくるかたがたのために管理人がしっかりやる程度の感覚で,契約農園を、管理人が、しっかり基本的なことをやる,その代わり,契約した畑の状況は、東京からでも神奈川からでも,手に取るように、自宅からわかるというところに、インターネットを使っている、いうのがミソなのではないでしょうか。

もちろん「それで、本当の市民農園といえるのか」といわれれば、それまでなのですが,

それが、都心にそのためのスペースを確保し得ない,日本の田園文化の現状なのです。

デモ,私の感じでは,この試みは、かなり日本人的で面白いとおもいますよ。

ところで、私の思うに、園芸福祉の構想が、各地で立ち上がっていますが、この場合、ネットの利用というものは、幅広い癒しの観点から、非常に有用であり、見方によっては、いろいろなシステムが組めると思うのですが、その点、新年の初夢としていかがでしょうか。

これは、埼玉県見沼の園芸福祉農園のホームページですが、ここでも、ネットで、いろいろな工夫が出来そうな気がするのですよ。


楽しい農耕こそ市民農園の原点


ヒナパパさん。ご投稿ありがとうございます。

ひなちゃん農園でしたね。

ご参考までに、ひなちゃん農園をはじめとして農園区画の状況を、ごらんの皆さんのために、のせておきました。

八ヶ岳あおぞら農園の掲示板で、うらやましいなと思ったので、一部引用させていただきましたが、よくよくみたら、行った順序がちがっていて、「八ヶ岳で初日の出を見てから、湯河原でとまって、熱海で温泉に入ってきた」のでしたね。

引用が間違いすみませんでした。

私も当初から思っていたのでしたが、ジャーナリスティックな捕らえ方がインターネットと市民農園という捕らえ方だったものですから、おっしゃるように、インターネットを使うことは、二次的な問題なのかもしれませんね。

むしろ、滞在型の市民農園の楽しさを、もっと理解すべきことだとおもいます。

いくら遠くても、ソフトと環境次第で、これだけ活気ある市民農園が実現できたら、日本の市民農園の将来も、洋々たるものがあるとおもいます。


いろんな目的が実現できる農園が理想ですよね。
八ヶ岳あおぞら農園の浅川さん、新年早々、お騒がせしてもうしわけありません。

そうなんですよね。

本来、市民農園というものは、いろんな目的をもったものなんですよね。

市民農園とか、クラインガルテンとか、農業とか、リゾートとか、オープンスペースとか、堅苦しいジャンルに仕切られるべきものではないんですよね。

でも、ここで日本の行政批判をするわけではないのですが、日本の行政縦割りが、市民農園の概念を、狭い、堅苦しいものにしてしまったということだけは、いえるのではないのかなあ。

市民農園促進法を作る場合でも、建設省対農林水産省という、オープン・スペースを巡ってのしょば争いに似た駆け引きがあったことも事実です。

もちろん、予算をつけてくれるのはありがたいんだけど、本来、私の考えでは、市民農園を促進するということは、市民の菜園運動ともいうべき、コミュニティ活動なんですよね。

だから、行政・自治体は、なるべく目立たないように、そっと後ろから見守っている、というという大人の配慮が必要なんですよね。

グリーン・ツーリズムでも、そうでしょう。

本来、これも、農家の主婦のベンチャーなんであって、行政や、何とか協会という、行政のダミーがしやしゃりでて、口を出すもんだから、変なことになってしまうんですよね。

わたくしが、これらの領域での、NPOやNGOの活動に期待しているのも、その点にあるのです。

もっとも、この領域でも、よっぽど注意しないと、仕切られてしまうので、そうならないよう、守ってあげないといけないでしょうね。

そして、ローカルベースで、国際的に地方同士が結び合えれば、行政も目を覚ますとおもうんですよ。

今、私のところには、ローカル・アジェンダに基づく活動を通じて、国際的に菜園運動の主体同士、結び合おうという要望がよせられています。

これも、ネット時代の、国・行政なり国境の中抜き現象といえなくもありません。

なんだか、話がとんでしまいましたが、何ものにも縛られない、自由で多目的な、参加者全員がそれぞれ違った価値観を追求できるホームとして、八ヶ岳あおぞら農園のますますのご活躍をお祈りします。






hiroさんへのレスポンス


hiroさん。レスポンスありがとうございました。

「畑を中継するのだって、アリだと思います。それで、毎日行きたくてもいけない人が、どきどきしながら覗けるのなら、それも大切なツールだと思いますよ」

そうですね。同感です。

本来、市民農園運動というのは、コミュニティの菜園運動ともいうべきもので、ともかく、第一に楽しくて、気軽で、ちょっと公益性があって、というものなのでしょうね。

極端に言えば、まじめに、農業護持のように「農業、農地、農作業は大切だ。」などと言わなくても、いい性格のものなのです。

日本の市民農園運動も、だんだん成熟してくるにつれ、なんだか、堅苦しくなってしまっている点もみられます。

どこで、おかしくなっちゃったのでしょうね。

行政や自治体や関連団体などが、ちょっとしゃしゃり出すぎてきている面もあるんじゃないのかなあ、なんて、思ったりしております。

ゲートボールで、最初は楽しかったのが、やれ「審判だ、ルールだ、ユニフォームだ」と、整備されてくるにつれ、面白くなくなってしまったのと、よく似ていますね。

自己反省もふくめてですがね。

だから、こんな、八ヶ岳あおぞら農園のちょっとした楽しさが、新鮮にうつるんでしょうね。




浅川さん、ヒナパパさん、今後ともよろしく。


そちらのホームページで、改めてNHKの映像をみております。

そうですか。ヒナパパというのは、ひなチャンのパパという意味でしたが。

ところで、作物の映像の見方で、意外な見方を発見しましたよ。

まづ、春から冬までの画像が全部出るまで、しばらくまちます。

(私の場合はCATVだから比較的いいのですが、電話回線の場合は、ちょっと時間がかかるかも)

そうしておいて、まず春の時期までカーソルを下げ、それから上すなわち冬に向かって、スクロールしていくのです。

ちょうど、富士山の朝焼けから夕焼けまで、定点でハイ・スピード撮影したように、農園の四季の移り変わりが、ハイスピードで見えて、おもしろいですよ。

八ヶ岳あおぞら農園さんを参考に、これから、付加価値型市民農園というべきものを、いっしょになって考えていきたいものです。

いろいろ、ありがとうございました。

今後ともよろしくお願い申し上げます。




万歳。不精者の家庭菜園。

市民農園のサイトをおっていくうち、思わずひざをたたきたくなるようなサイトに出会った。

最初は、畝立てをするが、後は不耕起栽培ですますという、いわば不精者のための省力化家庭菜園である。

この方法で、このかたは、山沿いの畑100坪をたがやされている(?)という。

プロの農家のかたがたが市民農園に要求する技術レベルは、時に高すぎて、アマチュアのかたがたに敬遠されることがある。

でも、もっとアマチュアはアマチュアで楽しめる、しかも、手間いらずの家庭菜園もあってもいいのではないかと、私は、内心おもっていた。

私自身も、例の、土団子に種をまぜて、後はポイで、種まき完了という、有名な農法を試したいとはおもっても、どうしても頭を過るのは、近所のプロの農家の目。

きっと、草だらけでみっともない、といわれるにきまっている。

でも、市民農園で、このような従来の農法なりプロの考え方にとらわれない農法が試行錯誤されることが、ひょっとして、新しい農業のあり方を拓くきっかけになるかもしれない。

不精者の家庭菜園を、私は、これからも応援していきたいとおもっている。


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