笹山登生の発言・寸感アラカルト


200年1月2日 エコミュゼのテーマ作りは難しい

(掲示板から)

Kさんのホームページを見て感心したのは、派手な上物作りに精出すことなく,阿蘇の民俗や郷土としての価値の再発見に,大きな精力を費やされているということです。

これこそ、フランスのエコミュゼの創始者が目指したものだとおもいます。

行政が,エコミュージアムに関心を抱き始めてから,はや10年以上が経過しょうとしていますが,正直言って,行政主体のものでは,全国ろくなエコミュージアムは出来ておりません。

私は,はっきりいって、今のおおくの市町村長さんの感覚では,本当のエコミュージアムは育たないし,また,箱物中心でしか考えない今の市町村長の多くは,箱物のいらないエコミュージアムには、関心を示されないのではないかという,やや絶望感に似たものをかんじています。

ですから,逆に、Kさんのような,民間NGO的考えの元でしか、本当のエコミュージアムは育たない、という,皆さん方への逆の期待感が生まれているのです。

阿蘇のふもとに,日本初,本物のエコミュゼを作っていただくことを,私の何よりの初夢にしたいと存じます。

ところで、ここのホームページを見て、この阿蘇の地域アイデンティティーを,「草原と人間」に求めているとのこと、そこで感じるのは,地域のアイデンティティーというものは,地域の内側からの目だけからは,発見しづらい,また構築しにくいということです。

おそらく,Kさんたちが,「草原と人間」というテーマを地元の方々に最初提示されたときには、地元の方に相当の戸惑いがあったのではないでしょうか。

「モンゴルと阿蘇をいっしょにされては困る」といった感覚の意見は、なかったのでしょうか。

地域のアイデンティティーを構築するということは,その地域の自慢できるところも自慢できないところも,隠したい点も明らかにしたい点も,苦しい歴史も楽しかった歴史も,客観的な評価の中で、白日の下にさらすわけですから、地元の目からいえば,そこは強調してもいいが、その点は差し障りがある,などというアイデンティティーの選別が始まってしまうのです。

ところが、えてして,その地域を訪れるよそ者の目には,地域の人が隠したがる要素の方に興味がひかれるという、評価の二重構造が発生するのです。

世界のエコミュゼの中には,先住民俗の生活を扱ったものも,数多く見られますが、日本では,ようやく北海道の菅野さんが、自費でアイヌの生活様式をあつかった博物館を作り始めたところです。

官製のミュージアムが失敗するのは,地元の独りよがりで,ミュージアムのテーマを小奇麗に決定してしまうということに、大半の原因があったのではないでしょうか。




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