笹山登生の発言・寸感アラカルト


2001年2月3日
生態学的な仮説にもとづく有明海の調査を
−大いに予断をもった検証こそ必要-




色落ちの原因は植物プランクトン


元熊本県のり研究所(現水産研究センター)研究部長太田扶桑男さんによれば、今回の有明海の生態系異変は、「外洋にいるリゾソレニアが潮に乗って諫早湾に流入。調整池から排水する窒素やリンなどの有機物を豊富に含む汚水をエサに、堤防付近で爆発的に増殖。閉め切りから三年以上たち、調整池に生活雑排水や生物の死がいなどが蓄積した結果だ」としている。

 太田さんは「水門を開けて干潟に戻すのが一番。無理なら、調整池の汚水を浄化してから海に排出すべきだ」が、「リゾソレニア体内の油球がノリの表面に付着し、栄養吸収などノリの機能を低下させているので今すぐ開放しても今季の回復は難しいのではないか」と話す。
有明海ノリ色落ちの原因ではないかと疑われているリゾソレニア(Rhizosoleniinea)とは、珪藻類の一種で、本来は外洋において優先種となっている珪藻である。

殻の構造中心が点となっており、生殖は卵と精子よりおこなう。

その他にも、その年によって、色落ちの原因となる植物プランクトンの種類は、多い。

明石ノリの色落ちでは、1996年はキートセロス(Chaetoceros)。1997年と2000年はユーカンピア(Eucampia)-いずれも珪藻類-が、原因であったとされる。

おもしろいのは、このキートセロスは、甲殻類の養殖において幼生のえさとして人口増殖されることである。

そのほか原因となる藻類としては、珪藻と同じ不等毛植物( Heterokontophyta)である、ラフィド藻類(Raphidophyceae)シャットネラアンティカ(Chattonella antiqua)(1990年有明海・八代海で10億円の漁業被害を出し、1998年7月諌早湾の堤防外や小長井で発生した赤潮の犯人はこれで、きわめて猛毒)やヘテロシグマアカシオ(Heterosigma akashiwo)(1999年5月小長井沖で発生、また2000年12月熊本市河内沖で発生の、赤潮の犯人はこれで、毒性は比較的少ない)などがある。

いずれも、海中の窒素・リン・珪素・硝酸などの化合物である栄養塩を、増殖した特定の植物プラントンが食べ尽くすことによって、ノリが栄養不足となって、色落ちしてしまうというわけだ。


赤潮にもいろいろある


また、ノリに限らず、水産業に甚大な被害を及ぼす赤潮発生の原因となる、おなじみの有明海・八代海における赤潮生物としては、いずれも渦鞭毛藻であるギムノデニウム・ミキモトイ(Gymnodinium mikimotoi)(2000年7−9月の有明海・八代海・羊角湾・楠浦湾・宮野河内湾等で発生の赤潮の犯人はこれ)、ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマー(Heterocapsa circularisquama)コックロディニウム・ポリクロコイデス(Cochlodinium polykrikoides)(2000年7月八代海で発生し、全国史上第二番目−40億円-の漁業被害を出した赤潮の犯人はこれ)  など多彩である。

ここに、香港付近海域に見られる代表的な赤潮の要因となる画像データベースがあるので、ご紹介しよう。

日本の代表的な赤潮生物の本としては、「日本の赤潮生物」(内田老鶴園発刊)があるが、この香港のデータベース掲載の赤潮生物と、14種類を除いては、ほぼおなじである。

一口に赤潮といっても、これを「有害な植物プラントンの集まり」という意味で分類した場合、渦鞭毛藻綱を中心とした「赤色をした潮」と、藍藻網(シアノバクテリア)を中心とした「青緑色をした潮」と、ペラゴ藻綱のAureococcus anophagefferensを中心とした「茶色をした潮」とにわけられうる。

これらの綱間の因果関係は微妙で、ある研究では、植物プランクトンをもって植物プランクトンを制するといったような、微生物による赤潮対策が研究されている例もある。

まさに、毒にも薬にもなる植物プランクトン、有明海において、この微妙なバランスを崩したものはなんなのだろうか。


赤潮発生のメカニズム


赤潮発生のメカニズムは、必ずしも全容解明されているわけではない。

しかし、有力な発生要因として、次の三つが考えられている。

第一は、休眠接合子と呼ばれるシスト(タネ)の存在、第二は、深層海流で運ばれる栄養細胞の存在、第三は、塩分濃度による細胞濃度の高まりに応じた、細胞の海流での垂直移動である。

第一の、休眠接合子は、赤潮発生の太宗をなす渦鞭毛藻類に見られるもので、窒素の不足を契機として形成された休眠接合子と呼ばれる細胞が、普段は底泥に存在し、休眠状態にあるものが、光や温度の変化に反応し、春や秋に発芽し大発生を促す、、というものである。

有明海においても、底泥中に、過去の赤潮発生の要因となったシストが残っているのが確認された例がある。

第二の、深層海流説は、海の深層を流れる海流が北上し、陸に近かずくにつれ、海底の地形に従って上昇し表層流と混じるとき、栄養塩の豊富な底層水と表層水とが混じり、光と温度によって、冬から春にかけての大発生を促す、というものである。

第三の、高い塩分水域で細胞濃度が高まるという特性は、結果として、日周的に、海中の塩分濃度の変化に応じた、細胞の垂直移動を促すというものである。

常に高い塩分濃度を求め垂直移動する、この運動によって、細胞は、運動性を失うことなく、夏の間中も、大発生を継続できる、というものである。

そのほか、1996年アメリカとカナダとの国境・エリー湖で見られた水中の鉄分に反応する赤潮の存在など、特定成分に反応した赤潮発生が、世界各地から報告され、また、地球温暖化問題とからめ、その「鉄仮説」を実証するための実験も行われているが、それらの全容解明には、まだ時間がかかるものとおもわれる。

また、1985年にニューヨークのロングアイランド島よりはじめて見られたピコプランクトン・ペラゴ藻綱による茶潮(ブラウン・タイド)の発生要因についても、なぞの部分がおおい。


有明海生態系異変を図式化すれば


アマノリとは、学術的にいえば、原始紅藻(Protoflorideophycidae)ウシケノリ目(Bangiales)アマノリ属(Porphyra)にあたる紅藻の一種である。

そこで、今回の有明海の生態系異変を、きわめて単純に図式化すれば、

緑藻(Chlorophyceae)または、紅藻(Rhodophyta)である海苔と、
珪藻(Bacillariophyceae)であるリゾソレニア等の植物プランクトンと、
シアノバクテリアといわれる藍藻(cyanobacteria)との微妙な関係を、有明海という潮間帯における、いかなる環境要因変化が、これらのバランスを失なわさせたのか、

ということに、つきるのではないだろうか。

特に、空気中の窒素固定によって、窒素を必要とせず燐のみで大量発生しうる藍藻と共生関係が強く、本来外洋にあるべきリゾソレニアという珪藻が、なぜ有明海に大量発生したのか、そのなぞを解くことが必要なのではないか。

疑うべきは、

養殖のり漁家が行う「酸処理」と「海への施肥」の、生態系に及ぼす影響はないのか

珪藻と藍藻との窒素固定を媒介とした共生関係の異変はなかったか、

湾内において、珪藻の増加と連動した藍藻の増加はないのか

シアノバクテリアがない場合の珪藻の発生関係はどうか、

珪藻は、オルト珪酸の形で珪素をとりこまねばならないという栄養要求性をもっているが、有明海は、珪藻発生に適したなんらかの環境にあるのか、

外海から内海への珪藻の垂直的侵入はないのか、

深層流から表層流への潮の流れの変化はなかったか

珪藻と水道水との発生関係はどうか、

アオコ(Microcystis)を代表とする藍藻と燐(生活雑排水)との発生関係はどうか、

藍藻・珪藻と窒素との発生関係はどうか、

珪藻を食べる魚や動物プランクトンの減少との発生関係はあるか、

海水系の珪藻と、淡水・汽水系の緑藻・藍藻との発生関係はどうか

有明海の底泥に、過去の赤潮発生要因となったシストは、残っていなかったか

湾の底床の腐敗状況との発生関係はあるか、

有明海の潮位の上昇により、潮間帯に差し込む光の量は変化したか、また、それにより、光合成に変化はあったか、

等が、ポイントとなるのではないだろうか。


有害藻類大発生はいまや世界的問題


この有明海に限らず、今世界的に問題となっているのが、「有害藻類の大発生(HAB:Harmful Algal Blooms)(参照−アメリカでの発生地区)である。

これに対しては、各国とも国家的な取り組みをしているが、特にアメリカでは、そのための各種プロジェクトが用意されている。

ちなみに、これらプロジェクトの中に、粘土を利用し、水中の貝殻を取り除くというものがある。

まさに、有明海の粘土質の浮泥は、その意味で天然の浄化作用を果たしているというわけだ。

また、HAB発生予測の監視機能システムも充実しており、これは、衛星観測・航空観測・ブイ等地上観測・観測船の多方面からなり、これらのデータをGISというシステムで統合している。

潮位についてERS2,海面温度についてAVHRRラディオメーター、波動についてOSCRやSARレーザー、風についてAMI,、塩分濃度についてFLSMR、海の色についてSeaWiFSやODASなどのシステムが用意されている。

ここにかかげるのは、SeaWiFSというサテライト(結果が出るまで2週間かかるのが難点)と,OSCRという海面波動レーダーによる海面状況のアウトプット例である。

これらの研究の過程における成果で注目されるのは、従来、歴史的に、沿岸の植物プラントンの増殖は、窒素によって規定されるというのが常識であったが、どうも、これが疑わしいものとなってきていることである。

むしろ沿岸の植物プラントンの増殖を規定するのは、珪酸塩であるというのが、新たな常識となりつつある。

しかも、珪藻とシアノバクテリア(藍藻)とは、共生関係にあるのだから、ごくざっくばらんにいえば、海中に窒素がなくとも、シアノバクテリア(藍藻)が空中の窒素を固定してくれるので、珪藻とシアノバクテリア(藍藻)は、お互い仲良くしていれば、あとはリンやシリカがあれば、両方とも生きていけるというわけだ。

すなわち、シアノバクテリアは、直接は、海の生物のえさとはなりにくくても、窒素固定という特殊の機能でもって、海のエコシステムに重要な役割を果たしているというわけだ。

また、湾に流れ込む川に含まれる窒素の量よりも、湾に底生するシアノバクテリアによって作られる窒素のほうが多いというのも、いまや、通説のようである。

この新たな常識を有明海に当てはめてみた場合、どのような仮説がなりたちうるのか。

海戦記風にいえば、紅藻・ノリ軍は、珪藻・藍藻連合艦隊に勝てるのか、ということなのかもしれない


仮説を立て検証したフロリダの経験に学ぼう


ここで教訓とすべきは、アメリカ・フロリダ湾での経験である。

1987年、フロリダ湾の中心部には、シアノバクテリアの大発生が、そして、湾の西部には、リゾソレニアを中心とした珪藻植物プランクトンの大発生がおこった。

湾の水の色は、緑青色に変わり、多くの魚が死んだ。それに先立つ1986年には、149匹のマナティーが、フロリダの海岸にうちあげられた。

そして、そんな状態が、何ヶ月も続いた。

そこで、フロリダ・マリーン・リサーチ等、湾の周辺の研究機関や大学の研究所が共同で、その原因究明にあたった。

湾内の水の採取にあたっては、空軍による飛行機も動員された。

調査を開始するにあたって、いくつかの仮説がたてられた。

すなわち

1.植物プランクトンの大発生の長期化の原因として、底生生物や浮遊生物の摂食活動の低下が影響しているのではないか。

2.シアノバクテリアが大発生している海域では、動物プランクトンの数の減少や摂食力の低下が見られているのではないか。

3.動物プランクトンの摂食力の限界を超えた、植物プランクトンの増加があるのではないか。

4.ある一定の植物プランクトンのみが摂食されなかったり、それらが摂食されても、余分な植物プランクトンを除去するに十分な動物プランクトンの増加が得られなかったりしたケースがあったのではないか。

などである。

これら、いくつかの仮説の元で、それを検証する形で、

珪藻類やシアノバクテリア、動物プランクトンの構成や増加傾向
プランクトンの光合成状況や生物量の判断材料となるクロロフィルカロチンの色素判定(クロロフィルに対しカロチノイドの比率が高くなると、強い光を防御し、光合成の働きを活発にする作用があるといわれている。)、
卵・幼生の数の測定、
底生生物の状況、
窒素の量、
水の塩分濃度、
水に差し込む光の量の測定、
温度分布、
湾に流れ込む水質     など、

多くの項目にわたる調査を、湾内に数箇所のステーションを設け、数年間にわたり、継続的におこなった。


むしろ予断を持ってあたることこそ必要


有明海の調査にあたっては、ことさら「予断を持たない」調査ということが強調されているが、生態学的な観点からの調査では、まさに、このフロリダ湾の例のように、「生態学的な仮説を立て、大いに予断を持って調査をし、その仮説を検証すること」が有用なのである。

おそらく、有明海における調査も、このフロリダ湾並みの規模と手法でもって行われなければ、全容は解明できないのではなかろうか。

単なる従来の延長線の発想による調査に終わることなく、生態学的な仮説にもとずく調査が行われるよう、強く望む。







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