笹山登生の発言・寸感アラカルト


2001年12月14日 政治的なツールとしてステロタイプ化した改革の概念

「改革」ということばは、国民の政治への関心を発作的にひきつけるレトリックのようなもんだから、間歇的に、政治的なツールとして使われてきたとことを、政治史のくりかえしが、あらわしているのではないでしょうか。

世代交代で自分が脚光を浴びるための、ステロタイプ化した、政治的なツールとしての改革とでもいいますかね。
 政治家を黙らせる魔法の言葉とでも言いましょうか。

現に、改革という言葉を乱発する総理に、野党は、せきとして声がないでしょう。中には、めくらまかされて、応援歌を歌いだすやつもいる。

だけど、国民の方も、そのことは先刻ご承知済みのことで、あんまり、その意味では、政治的に効果的なレトリックでなくなってきている。

まあ、二番煎じの「改革を錦の御旗にした政治ストーリー」には、国民は、もう踊らないんじゃないですか

私自身は、オピニオンで述べているように、「改革のための改革」に足を突っ込むことは、そろそろいい加減して、実のあるニューパラダイムにもとずく政治をやった方がいいと思っている。

つまり、グローバリズムに対する新たなニューパラダイム作りですね。

地方経済の現在のいちじるしい疲弊は、改革必ずしも善ならずということを、示しているんじゃないですか。


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