笹山登生の発言・寸感アラカルト


2001年12月3日 隠してもボロの出る時代となったことへの認識不足

いろいろな配慮から、行政が情報を隠す、または、小出しにすることは、ある意味なり状況のもとでは、やむをえない場合も多いでしょうね。
 でも、これからは、今以上の情報公開が進むでしょうし、ネットでの匿名社会の拡大で、一層、天知る、地知るの時代となってくれば、隠すことのメリットというものは、隠しとおすエネルギーに比べれば、相対的に無意味のものとなっていくでしょうね。
 私のこのホームページでの発言に対し、時々、関係団体の方から、情報をいただくのですが、そのなかで、「私どものホームページには書いていなかったのですが、電話でご紹介いただいたら、もっとご説明させていただいたんですけど。」なんてのが結構多いですね。
 で、その団体さんのホームページはとみれば、印刷媒体のパンフをPDFで焼き付けた程度のお粗末なものが結構多いんですね。
 ですから、そのような団体さんに対しては、「ホームページで、説明責任を果たすことの方が先決でしょう。」と、ちょっと厳しいことを言っているんです。
 このようなデジタルデバイドの業界団体って、結構多いみたいですね。
 隠してもボロの出る時代となったことへの認識不足があるかどうか、そこが、その団体なり法人に、デジタルデバイドがあるかどうかのリトマス試験紙になるのでしようね。


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