笹山登生の発言・寸感アラカルト


2001年8月22日 緩やかなスケール・ダウンへと向かう日本経済への処方箋はあるのか。


参院選挙後のある党の総会で「憲法や自衛隊など喫緊の課題でない政策ばかり議論していて、肝心の基本理念がまるで見えなかった」と発言された方がおられたが、一面真理があるとおもった。

任期中に解決できそうもない、懐妊期間の長い課題については、竹中大臣ではないが、目的達成のための工程表をつけるべきなのではないのかな。

政治家は、どの程度の長さのスパンで、公約の手形を切りうるのかということは、大事な視点だとおもわれた。

では、一方の与党はといえば、比例高得点の新議員が、株が下がれば、「銀行持ち株の含み損が増え、不良債権対策に支障をきたす。だから、デフレは、絶対ダメなんだ。」と、、テレビでまくしたてている。

でも、これは、従来のパラダイムから一歩もでていない、スキームではないか。

反改革のニューパラダイムを打ち出せない野党と、ステロタイプ化した改革の常套句で有権者を踊らしつづける与党とが、現状を嘆きあっているのが、今の政界の姿だ。

しかし、小泉人気とは裏腹に、かつて無い危機的経済状況が、日本に迫ってきつつあると、本能的に感じているのは、私だけではあるまい。

いま、かんがえるべきは、「緩やかなスケール・ダウンに向かう日本経済」への処方箋である。

それには、あえて改革の二文字を捨てきり、新たなパラダイムを構築することである。

これに関する既存のパラダイムは、学者の世界でも、また、政策執行者の中でも、まったく無い。

強いていえば、金子勝さんや内橋克人さんあたりが、その理論的支柱となりうるのではないだろうか。

パラダイムの支柱をなすのは、「反グローバリズム」であり、過度の民営化依存からの脱却すなわち「反市場化」である。

政治家は、いま、改革に反対することも出来なければ、公共サービスを市場主義にゆだねることに公然と反対することもできなくなっている。

反改革・反市場主義のテーゼを生み出すことこそ、政治が学者に振り回されない唯一の道だというのに。

私は、かねてから、このホームページで、ユニバーサル・サービスの民営化・市場化依存には、たぶんに危険性があると指摘してきた。

「反グローバリズム」の対象は、ニッチの分野を市場主義から守るにはどうしたらいいのかという考え方である。

農業や地域経済というニッチの分野において、たとえば、農協合併・市町村合併など、規模の利益の発現を当てにした合理化が、近年進んだ。

しかし、近時、必ずしも規模の利益が発現できなくなってきており、これが何かと合併が合理化の決め手と称する人々の、理論的基盤を脅かしてきつつある。

民営化・市場化の弱点は、懐妊期間の長い投資効果発現にたえられない、サービスに永続性の担保補償がない、長期の価値観の変化に耐えられない、などがある。

では、「緩やかなスケール・ダウンに向かう日本経済」には、どのような道が残されているのだろうか。

内橋克人さんは、「浪費なき成長」のなかで、これからは「抑制された市場主義」のもとで、社会にリスクを与えないようにすべきと述べられている。

私も、これからの消費は、大量消費から高質型消費へ、変換していくことで、成長が低くとも、前方連関効果のある社会ができるのではないのか、 また、内橋さんの言うように、NPOが、抑制された欲求の元での生産主体、消費主体となることによって、これまでとは異なった地域内経済循環が達成できるのではないかとも思っている。

また、「経済成長がなければ、 私たちは豊かにはないのだろうか」のなかで ダグラス・ラミスさんは、これからの発展は、1)「減らす発展」(エネルギー消費を減らし、個人が経済活動に使っている時間を減らし、値段のついているものを減らすための発展),(2)「経済活動以外のものの発展」(経済以外の価値、市場以外の楽しみや行動・文化の発展、交換価値ではなく、使用価値のあるものの発展)をあげている。

すなわち、これまでの市場における交換価値を持っていた財そのものを見直そうといういかんがえかたである。

環境経済またはボランティア経済などが、その範疇に入ってくるだろう。

デフレが恐れられている最大ものものが、債務デフレであるとすれば、この恐怖から逃れるには、いくつかのスキームが考えられる。

第一は、ある程度、既往債務をデフレートするが、流動性は確保するというファクタリングの考えの導入、第二は、公庫資金など財政投融資の既往債務金利の変動金利化、第三は、債権の外貨建て乗り換え、第四は、デノミという幻想・錯覚にもとずく購買力・投資意欲の復活などである。

この債務デフレへの恐怖から逃れるスキームが確立されれば、デフレ恐怖の多くは解消できるものとおもわれる。

いわば、インフレにもデフレにも対応可能な、可逆的経済政策の樹立である。

北欧は、貧富の差のフラット化によって、危機を切り抜けた。

日本も、この北欧の経験にパラダイムを求めろところは多いはずだ。

日本経済の再スタートは、ダグラス・ラミスさんのいわれるような、新しい成長の概念に基づく、可逆的経済政策を可能とする与件の整備によって可能になるものと思われる。


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