笹山登生の発言・寸感アラカルト


2001年8月12日 いまこそ、小国主義に立脚したアジア外交を−靖国問題への再考-


総理の靖国神社参拝を巡って、内外の議論が紛糾している。

ここに、総理の公式参拝の是非をめぐっての4つの判例がある。判例1 判例2 判例3 判例4

それにしても、よくもまあ、このような緻密にして非生産的議論が延々と続けられてきたものと、感心する。

1985年、当時の中曽根総理が、公式参拝したことで、上記の判例のような訴訟がおこされたわけだ。

この「公人か?私人か?論争」に、唯一生産的な意味合いがあるとすれば、プライバシー権利論争に資するメリットはあるものの、世界の平和に資する論争とはとても思えない、不毛にみちたものである。

その同じ年、西ドイツの大統領ワイツゼッカーさんは、ドイツの終戦記念日にあたる5月8日、連邦議会において、日本では「荒れ野の40年」として知られる歴史に残る名演説をおこなった。

なお、原文に「荒れ野の40年」と記されているのではなく、演説の終章に、旧約聖書・申命記民数記よりの引用で、「イスラエルの民は、約束の地にはいってから、新しい歴史の段階を迎えるまでの40年間、荒れ野にとどまっていなくてはなりませんでした。」と、西ドイツの今をそれになぞらえた表現があるところから、名づけられたものである。

同時に、ワイツゼッカーさんは、旧約聖書の土師記より引用し、「この40年という時の経過しか、人々は、過去の傷を心に刻んでおけなかった。」という事実−人間とは、そうしかねない存在であるという事実-をも、忘れてはいけないと指摘している。

いわば、40年とは、事実が風化にいたる賞味期限でもあるともいっているのだ。

日本語では、「岩波ブックレット」で翻訳されているが、Web上でアクセスできるドイツ語版英語版があるので、リンクしておく。

この演説の中に、日本でもよく引用される「過去に目を閉ざすものは、現在にも盲目である」という名文句がある。

原語では、
Wer aber vor der Vergangenheit die Augen verschliest, wird blind fur die Gegenwart.

英語では、
However, anyone who closes his eyes to the past is blind to the present.

そして、このあとに、「残虐行為を思いおこすことをこばむものは、すべて、それに影響された新たな危険にさらされがちである。」

Wer sich der Unmenschlichkeit nicht erinnern will, der wird wieder anfallig fur neue Ansteckungsgefahren.

(Whoever refuses to remember the inhumanity is prone to new risks of infection.)

と、つづけている。

風化とは、悲劇の再生産の過程なのだと、いいたかったのかもしれない。

こうして、1985年、日本の総理と西ドイツの大統領は、第二次世界大戦終結後40年目にして、きわめて異なった形での総括を、それぞれ、おこなった。

しかし、歴史的なメッセージの観点からすれば、ワイツゼッカーさんのメッセージが世界に与えたインパクトのほうが、はるかに強かったといえるのではなかろうか。

もっとも、ドイツも、その後、ネオナチの復活など、いろいろな動きがあったことは事実だが。

また、このワイツゼッカーの演説は、犯罪をナチに限定した、「とかげの尻尾きり」の苦衷の論理の元の演説であったという説もある。

古来、戦争裁判は、勝者の正義の正当化のためであり、敗者にとっては、きわめて不公平なものであることは、一面 真理であろう。

東京裁判においても、このURLのとおり、わずか数ヶ月の裁判で、大量 の死刑判決を出すこと自体、不公平であり、逆にいえば、勝者の正当化のためには、いち早い結論と見せしめが必要であったことは、事実なのだろう。

では、それら斬首されたものへの敗戦国の弔いの仕方として、または回向の仕方として、何があるのか。


無辜の民への回向が、毀誉褒貶極まりない権力者への回向と同一視され、翻弄されているといういまの事態は、好ましいものではない。

その一つのすべとして、無辜の民の死が、何らかの歴史的教訓となり、曲がりなりにも、殉教者としての価値が付与されれぱ、彼らの死も、無駄 ではなかったといえるのではないのか。

権力者の死の風化は、ある意味で、彼らの不合理な戦争裁判での死が、何気ない形で、前向きに昇華されたことの証左ではあるが、それによって、決して、悲劇を国として忘れてしまうというようなものではない。

権力者の死を、前向きに昇華するすべを、日本人は、まだ手にしていない。

そして、これらの悲しみも喜びも、いずれは、それぞれの国のナショナリズムのインキュベーダーのなかで、孵化され、ふたたび、いずれは、モスラのごとく、突如として、ある社会のトレンドとして発現されていくのではないのだろうか。

これは、好ましい昇華のされかたではない。

このことが ワイツゼッカーさんのいわれる、「残虐行為を思いおこすことをこばむものは、すべて、それに影響された新たな危険にさらされがちである。」との忠告の重大性である。

私は、何か、今の日本には、経済力を失った後の補償行為なり代償行為を、誤ったナショナリズムの形で求めだしてきているような気がしてならない。

特に、それが、アジアの諸国に向けられ始めているような気がするのである。

ここで思い出すべきは、石橋湛山先生がとなえられた小国主義( http://www.sam.hi-ho.ne.jp/s_suzuki/book_ishibashi.html#ichiran 参照)に立脚したアジア外交を展開すべとのご主張である。

石橋先生いわく

「しかるに世人は、この原因と結果とを取り違えておる。
謂えらく、台湾・支那・朝鮮・シベリア・樺太は、我が国防の垣であると。
安(いずくん)ぞ知らん、その垣こそ最も危険な燃え草であるのである。
しかして我が国民はこの垣を守るがために、せっせといわゆる消極的国防を整えつつあるのである。
吾輩の説くごとく、その垣を棄つるならば、国防も用はない。」

この言の示唆するところは、いまも大きい。

なぜならば、日本のそのような考え方が、アジアにおける日本の賢明な生き方であることは、石橋湛山先生が小国主義を唱えた半世紀以上前の状況と変わりないからだ。

時はたっても、アジアに置かれた日本の地政学(ゲオポリティク)的な意味での相対的ポジションは、半世紀前と、何らかわっていない。

この石橋先生のいわれる「アジアの燃え草論」からいえば、現代の靖国問題も教科書問題も、アジア諸国をいたずらに刺激するだけの、「燃え草」にすぎないのではなかろうか。

ならば、小泉総理は、なんのために、せっせせっせと、血のりがようやく乾いたアジアの燃え草を集め、のろしを上げ、別 の意味でのアジアの関心をいだかせようとしているのか。

総理は、靖国参拝を、一私人としての信念にもとずく行為であるとされている。

しかし、総理の行動は、対外的には、すべて公人的意味合いをもつと、おもうべきであろう。

いくら私人としての価値観を強調しても、そのこと自体が、アジア諸国にインパクトを与えている以上、公的な効果 を持った行動とみなされるであろう。

アジアと共生する悠久の日本の歴史の中において、一総理の信念は、失礼ながら、一過性のものに過ぎない。

ましてや、一私人としての一首相の信念の一徹で、経済力を失いつつある日本がアジアから孤立しては、その代償は、余りにおおきいのではないのだろうか。

まさに、今必要なのは、「李下に冠をたださず」の深謀遠慮なのではないのか。

そして、ワイツゼッカーさんのような、「経済援助を除いて、日本が、アジアの為に何ができるのか」についての、世界に永遠に残るメッセージを、日本の総理が世界に発信することである

今年も、原爆記念日をむかえた。

昨年もそうであったが、ことしも、私は、広島原爆記念式典での、秋葉広島市長の言葉に感銘した。

「和解こそ最良の解決策」というのが今年の秋葉さんらしいメッセージだった。

ちなみに、ワイツゼッカーさんは、心からの和解 (Versohnung)の前提となるのは、過去の事実を心にきざむ(wird sich immer erinnern)ことであるとしている。

これらの言葉からすれば、総理がいま行おうとしているアジア諸国への「和解にさおさす行動」は、結果 的には、反平和的行動となってしまうのではないのか。

まさに、石橋湛山先生の「アジアの燃え草を拾わず」は、「和解の障害とならない小国主義」ということであったのだろう。

靖国問題についても、いま、小泉総理にそのような視点がもとめられているのではないのか。

そして、小泉総理が今すべきなのは、心からの和解の条件づくりとしての過去の事実の罪責告白なのではないのだろうか。

「日本の若者も、アジアの若者も、暗い時代をしらない。だから、風化に任せた方が良い。」との意見もある。

しかし、ワイツゼッカーさんは、さらに、こういう。

「若い人たちに、かっておこったことの責任はない。しかし、その後の歴史の中でそうした出来事から生じたことにたいしては、責任がある。」

そこで、年長者が若い世代にできることは、歴史の真実を冷静公平に見つめることができる様、若い人々の助力をすることなのだという。

過去の暗い時代についての「中国・韓国・日本の素直な無知の若い世代」にたいし、小泉総理が、戦前・戦中・戦後世代のいずれに於いても中途半端な世代の代表としてできることは、ワイツゼッカーさんのいわれるとおり、歴史の真実を冷静公平に見つめ、アナウンスすることなのだろう。

今のままでは、大戦総括の混乱したメッセージしか、次世代のアジアの若者に残し得ない。

そのことは、歪んだ種を次世代のナショナリズムのインキュベーダーに植え付けることになるだろう。


参考1 第二次世界大戦死亡者(含 日中戦争)   (厚生省-『引揚と援護30年』 [昭52]-P31 1)   

総計 約 310万人 (内 軍人軍属、準軍属 約 230万、 外地一般邦人 約 30万、 戦災 約 50万) (内 満洲 245.400、 北朝鮮 34.600  = 軍人軍属、一般 邦人)

太平洋戦争の人的被害 『太平洋戦争による我国の被害総合報告書』 (経済安定本部官房企画部調査課ー昭24,4,7)

総被害

死 亡 1.854.793人  負 傷・行方不明 678.232人 合 計  2.533.025人

銃後人口の被害

死 亡   299.485人  負 傷・行方不明 368.830人  合 計   668.315人

(昭23,5現在判明数) [註] 空襲被害 99.5%。 都市被害 94%

軍人軍属の被害

死 亡 1.555.308人 負 傷・行方不明  309.402人 合 計  1.864.710人

[註] 昭和17〜23末迄の累計、但し負傷行方不明中陸軍関係は昭20,12現在判明数にて調査洩れ相当ある見込み。なお陸軍関係消息不明者約 24万、詳細不明計上せず

◎ 沖縄県被害 (死亡)    (沖縄県生活福祉部援護課-昭54)        

住民    94.000人  軍人軍属       94.136人  合 計    188.136人

 

参考2

靖国神社にまつられている方の内訳

明治維新    7,751人

西南戦争    6,971人

日清戦争   13,619人

台湾征討    1,130人

北清事変    1,256人

日露戦争   88,429人

第一次世界大戦 4,850人

済南事変     185人

満洲事変    17,175人

支那事変   191,218人

大東亜戦争 2,133,760人

合   計 2,466,344人

この中には兵役での戦死者と共に、沖縄の「ひめゆり部隊」等の民間人や、靖国神社側が「昭和殉難者」と呼ぶものも含まれる。



参考3

石橋湛山

「靖国神社廃止の議 難きを忍んで敢て提言す

昭和二〇年一〇月二七日号東洋経済新報「社論」



甚だ申し難い事である。

時勢に対し余りに神経過敏なりとも、或は忘恩とも不義とも受取られるかも知れぬ。

併し記者は深く諸般の事情を考え敢て此の提議を行うことを決意した。謹んで靖国神杜を廃止し奉れと云うそれである。

靖国神社は、言うまでもなく明治維新以来軍国の事に従い戦没せる英霊を主なる祭神とし、其の祭典には従来陛下親しく参拝の礼を尽させ賜う程、我が国に取っては大切な神社であった。

併し今や我が国は国民周知の如き状態に陥り、靖国神杜の祭典も、果して将来これまでの如く儀礼を尽して営み得るや否や、疑わざるを得ざるに至った。

殊に大東亜戦争の戦没将兵を永く護国の英雄として崇敬し、其の武功を讃える事は我が国の国際的立場に於て許さるべきや否や。

のみならず大東亜戦争の戦没者中には、未だ靖国神杜に祭られざる者が多数にある。

之れを今後従来の如くに一々調査して鄭重に祭るには、二年或は三年は日子を要し、年何回かの盛んな祭典を行わねばなるまいが、果してそれは可能であろうか。

啻に有形的のみでなく、亦精神的武装解除をなすべしと要求する連合国が、何と之れを見るであろうか。

万一にも連合国から干渉を受け、祭礼を中止しなければならぬが如き事態を発生したら、卸て戦没者に屈辱を与え、国家の蒙る不面目と不利益とは莫大であろう。

又右の如き国際的考慮は別にしても、靖国神杜は存続すべきものなりや否や。

前述の如く、靖国神杜の主なる祭神は明治維新以来の戦没者にて、殊に其の大多数は日清、日露両戦役及び今回の大東亜戦争の従軍者である。

然るに今、其の大東亜戦争は万代に拭う能わざる汚辱の戦争として、国家を殆ど亡国の危機に導き、日清、日露両戦役の戦果も亦全く一物も残さず滅失したのである。

遺憾ながら其等の戦争に身命を捧げた人々に対しても、之れを祭って最早「靖国」とは称し難きに至った。

とすれば、今後此の神社が存続する場合、後代の我が国民は如何なる感想を抱いて、其の前に立つであろう。

ただ屈辱と怨恨との記念として永く陰惨の跡を留むるのではないか。

若しそうとすれば、之れは我が国家の将来の為めに計りて、断じて歓迎すべき事でない。

言うまでもなく我が国民は、今回の戦争が何うして斯かる悲惨の結果をもたらせるかを飽まで深く掘り下げて検討し、其の経験を生かさなければならない。

併しそれには何時までも怨みを此の戦争に抱くが如き心懸けでは駄目だ。

そんな狭い考えでは、恐らく此の戦争に敗けた真因をも明かにするを得ず、更生日本を建設することはむずかしい。

我々は茲で全く心を新にし、真に無武装の平和日本を実現すると共に、引いては其の功徳を世界に及ぼすの大悲願を立てるを要する。

それには此の際国民に永く怨みを残すが如き記念物は仮令如何に大切のものと錐も、之れを一掃し去ることが必要であろう。

記者は戦没者の遺族の心情を察し、或は戦没者自身の立場に於て考えても、斯かる怨みを蔵する神として祭られることは決して望む所でないと判断する。

以上に関連して、茲に一言付加して置きたいのは、既に国家が戦没者をさえも之れを祭らず、或は祭り得ない場合に於て、生者が勿論安閑として過し得るわけはないと云うことである。

首相宮殿下の説かれた如く、此の戦争は国民全体の責任である。

併し亦世に既に論議の存する如く、国民等しく罪ありとするも、其の中には自ずから軽重の差が無ければならぬ。

少なくも満州事変以来事官民の指導的責任の住地に居った者は、其の内心は何うあったにしても重罪人たることを免れない。然るに其等の者が、依然政府の重要の住地を占め或は官民中に指導者顔して平然たる如き事は、仮令連合国の干渉なきも、許し難い。

靖国神社の廃止は決して単に神社の廃止に終るべきことではない。

 

 


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