笹山登生の発言・寸感アラカルト


2001年4月14日 新しいパラダイムを争点にしてほしい。
(掲示板から)

自民党総裁選、これまでの処方箋にこだわる方、新しい処方箋を提示しようとされる方、二つのタイプに分かれるようだ。

勝敗はともかく、ここは、新しいパラダイムを争点にしてほしいものだ。

なかでも、デフレ下における経済政策を争点にすることは、一般受けしないにしても、大事なことだとおもう。

デフレには、ストック・デフレとフロー・デフレとがある。

デフレ恐怖のあまり、見境無く、あらゆるデフレ的兆候を切り捨てるというのは、おろかな仕業なのではないか。

「経済成長しなければ何事もはじまらないる」という「成長への呪縛」から政治家が逃れ、「ある程度のデフレ下でも、何とかいけそうだ。」という政策パラダイムなり処方箋の提示が、いま必要なのではないのだろうか。

その意味で、この際、デフレを前提とした新しい政策パラダイムを構築することは、重要なことと、私はおもう。

もっとも、それで仕事が減ってしまう学者や評論家が出るかも知れないが。

一方、改革のパラダイムはどうだろう。

自民党においては、なお「改革」のキーワードは陳腐化していないようにおもえる。

一周遅れの改革志向といったら、やや失礼であろうか。

猫も杓子も「たゆまざる改革」なるもののお念仏を唱える時代は、とうに去っているのではないだろうか。

アメリカからの経済政策の注文に対してもはっきり言うべきことはいう、といったような、グローバリゼーションの功罪・限界をわきまえた上での改革志向、過度な市場主義、民営至上主義に陥らない改革志向が、今日的な改革のありかたであろう。


改革にまつわる功罪を熟知したうえで、やや声高でなく成熟した改革志向を唱える時代となっているのではないだろうか。

むしろ、郵貯問題にしても、過疎地を含めたユニバーサル・サービスを行う上で、何が必要かという視点や、改善されたものの、公庫融資の借り換えができないなどという点で依然硬直的な財政投融資制度の欠陥をもたらしているものは何なのか、という視点で、漸進的な変革を求める時代に入ってきているのではないだろうか。

政治家が、「改革を唱えていなければ駆逐される。」という恐怖の「改革の呪縛」から逃れることも、いま必要なことと思う。
 


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