笹山登生の発言・寸感アラカルト


2000年07月22日 山下弘文さんを悼む。

(掲示板から)




諌早干潟問題で活躍され、1998年には、国際的な権威のある環境賞「ゴールドマン賞」をもらわれた山下弘文さんが、7月21日朝、急逝されました。

つつしんで、哀悼の意を表します。

12日から17日までアメリカにおられ、帰国後も、何かとおいそがしいなかで、20日に体の不調をうったえられ、21日の朝、急逝されたとのこと、氏を知る者として、もっと長生きさせたかったものと、残念でなりません。

山下さんと私は、湿地保護の問題で出会う機会をえました。

諌早に行けば、山下さんなじみの酒場で、干潟でとれる魚介類を肴に、いつまでも、環境問題を語り、飲み明かしました。

山下さんは、環境NGOとして、初めて「代替案提示型」のNGOを作り上げた方です。

学者、政治家、オピニオンリーダー一体となって、単なる反対のための反対でない「提案するNGO」の基礎を作り上げた御功績は、今後とも、日本のNGOの歴史に残るものと、確信しております。

山下さんにとってみれば、「ゴールドマン賞」をもらうことなど、どうでも良かったのではないか、水門がひらき、湿地の生態系がみずみずしさを取り戻すことのみが、山下さんの夢だったのではなかったのか、そんな思いがします。

山下さんの死が無駄にならぬためには、諸官庁の環境マインドが、今後、少しでも向上していくことが、何よりの慰めとなるのではないでしょうか。

御冥福を心からお祈りいたします。




山下さん、追悼その後

山下弘文さんのご急逝を痛む声は、全国からわき起こっているようです。

今日は、長崎のある新聞社の記者の方から、私の処に電話があり、私が山下さんを評して「代替案提示型の環境NGOの基礎をつくられた方」と述べたことに、共感をしめしていただきました。

改めて、インターネットの伝搬力のすごさがわかりました。

これを機に、環境を守る若い力が全国に育ってくれれば、山下さんの死も無にならないと、おもっております。-



朝日新聞(西部版)に私のコメントがのっています。

2000年8月2日付け朝日新聞(西部版)26面に「NEWS三面鏡」「干潟保護運動、山下氏急死で岐路」との 記事があります。

その中で、山下弘文さんについての私のコメントが、次のように掲載されておりますので、御紹介いたします。

「山下氏は,干拓絶対反対論者ではなかった。(中略)湾の締めきりを止めて海水を入れ、干拓面積を半分程度にすることを提案していた。

この地先干拓なら、残りの干潟は保全され、開発と自然保護の共存がはかれると、考えた。

最近は、干拓事業をすすめる農水省との対話に 乗り出していた。(中略)

有明海沿岸の漁業者や国内外の非政府組織(NGO)、研究者と 人脈づくりに、山下氏は、ずばぬけた力を発揮した。

超党派の 国会議員でつくる 「諫早湾を考える議員の会」の一員として、山下氏と交流があった笹山登生・前衆議院議員は「代替案を提案するNGOという、新しい形をつくった。これからの NGOには、行政との対話も必要だ」と話す。


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