笹山登生の発言・寸感アラカルト


2000年12月21日 インパクにはなぜインパクトがないのか?

(掲示板から)

堺屋太一さんご主導のインターネット博覧会-通称インパク-が、12月31日から1年間にわたって開催されるが、どうも前評判がかんばしくない。

主導者の堺屋太一さんも糸井重理さんも、アナログベースのイベント主導型地域発展の仕掛けづくりに成功されたかただが、その成功されたアナログベースの発想を、そのままインターネット社会に持ち込んだこと自体に、相当な誤算があるのではないのだろうか。

このかたがたは、インターネット時代の楽市楽座たる楽網楽座をつくろうと意気込んでおられるようだが、まさにインターネット社会そのものが、彼等のいう「民一人一人の自由な営み」を実現しうる自律的なパビリオンそのものであることを、御理解されていないのではなかろうか。

しかも、彼等のアナログ思考でのパビリオンと異なり、サイバー社会におけパビリオンは、パビリオンのなかに、さらにパビリオンがあるという、無限連鎖のパビリオンであることに、アナログとはちがう特徴があるのだ。

いわば、床屋の中の鏡に、さらに鏡の中の自分が無限に写っているといった具合に、そこに、無限のリンクがあって、サイバー社会が形成されているところに、特徴があるのに、このインパク構想ではどうなのだろう。

国、地方自治体、企業、NPO、個人が、そのためにわざわざHPをつくり、官製に仕切られた一回こっきりのリンクのもとにおけるサイバー空間に参加する意義が、どこにあるのだろう。

しかも、日本という限られた空間の制約のもとにおいてである。

ましてや、、旧メディアたるテレビコマーシャルで、巨額な宣伝費を払い、連日この宣伝に勤めること自体、こっけいであり、アナログ時代・旧メディア時代のの成功者が、二番煎じの自己陶酔にひたっているように思えてならないのである。

民の力の醸成は、民にまかすべし、デジタル社会の発展は、デジタル社会のもつ自己力にまかすべし、である。

デジタル公共圏の形成に、官製サイバーが立ち入る必要はなく、また、旧メディアの延命に、デジタル公共圏が、あえて力を貸す必要もないのである。


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