笹山登生の発言・寸感アラカルト


2000年12月12日 入会権と入浜権と環境権

(掲示板から)



昨日(12/11)の朝日新聞夕刊「窓−論説委員室から-」欄に、「入会権」と題するコラムがのっていた。

明治学院大学教授の熊本一規さんがこのたび書かれた、「公共事業は、どこが間違っているのか?」(まな出版企画)と題する本の中で、「入会権という概念を活用すれば、国土を守ることに資するのではないか」という、熊本教授の指摘に同感を示したコラムだ。

私は、まだ、この熊本教授の本を読んでいないのだが、以前、この私のホームページ「オピニオン欄」で、「入浜権と入会権」について記した一文があるので、ここで、その部分を引用したい。

入浜権も入会権も、自然や環境が公共から信託されたものであるとする点ではおなじだが、入浜権の方が、入会権よりも、私権に近い拘束力を持つものであること、したがって、入会権のほうが、公共信託の概念に近い、と、私は、ここでのべている。

この掲示板でも、私の示すコモンズの考え方に、同感を示す意見が示されたことがあるが、このパブリック・アクセスという点では、入浜権の方が、コモンズの考え方に近い。

いずれにしても、このコラムでも問題提起されたように、この入会権の概念を切り口にして、環境権の問題を問い直してみることは、非常に有意義なことだと、このコラムを読んで思った次第である。


以下、オピニオン「憲法論議に環境権を明確に位置づけるために」から、「入会権と入浜権」に関する個所を抜粋する。

「 公共信託に似た概念として、日本では、入浜権の考え方がある。

入浜権は、環境権の延長線上にある「個別的環境権」と呼ばれるもので、ほかに、「眺望権」「静穏権」「景観権」「安全権」「公園等利用権」などが提唱されている。

入浜権は、「海の入会権」といわれるように、入会権から派生した考えに基づくものだが、入会権と異なるのは、
(1)収益と直接むすびつかない内容を持っていること、
(2)入会権が所有の概念として「総有」という、団体の拘束のもとでの使用・収益権をもっているのに対し、入浜権は、私権としての意味合いが強い、という点である。

入浜権は、二つの権利からなり、一つは、海浜に自由に立ち入りし、自然物を自由に使用出来る権利、もう一つは、海浜に至るまでの土地を自由にアクセス・通行できる権利である。

これらは、入浜慣行という社会事実を基盤としているもので、妨害排除請求権をもつものの、それは漁業権や付近の住民の生活権(人格権)に劣後するものである。

海浜の自然公物の自由使用権や海浜までのパブリック・アクセス権を含んでいる点では、公共信託の概念と似ているが、公権というよりは、私権という性格が強い点、公共信託の概念にはなじみにくい。

もし、日本においても、環境権の対象に、公共信託の考え方を取り入れれば、前述の(1)後世代より信託された環境資産を環境権の対象にするか、(2)国家に環境保護義務を与えるか、(3)自然の権利の原告適格はどうか、などの問題は、全て解決しうることになる。

ただ、私権の制限など、憲法上の他の基本権と相克する部分をどうするかが、課題としてある。」


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